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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第九章 漠然とした思い
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Ⅱ.異端児との出会い②


 しばらくして涙が収まり、気持ちが落ち着いてきたアルフレートは、そっとマントから抜けだして最年少受験者の少年を見上げる。そしてぎょっとした。


「何故そなたまで泣いているのだ?」


 そうなのだ。琥珀(こはく)色の瞳に涙を(にじ)ませて、彼はぼうっと実技試験の様子を眺めていたのである。


 アルフレートに視線を移したユリウスは、軽く目元を拭ってから微笑んだ。


「お約束しましたので」


 至極当たり前のようにそんなことを言う少年に、皇子はきょとんと目を瞬く。


「いや……だからといって、本当に実行するなどとは思わぬではないか」

「そうですか? しかし、口先だけの言葉では信頼性に欠けるではありませんか」


 何を生真面目な顔で言っているのか……アルフレートは思わず、ぷはっと吹きだしてしまった。


「おかしな奴だ」


 声を出して笑っていると、ユリウスが破顔した。あまりに嬉しそうに笑うので、アルフレートはきょとんと首を傾げる。


「何故そんな顔をする?」

「皇子殿下が笑顔を見せてくださいましたので」


 小さな皇子は驚きに目を見開いた。


「私のことを、皇子と知っていたのか」


「父が皇帝陛下の近衛を務めております。何度か父の手伝いで皇宮に上がった際、遠目から殿下のお姿を拝見したことがございましたので」


 皇帝陛下の近衛騎士は十人いる。その全てを覚えているわけではないが、目の前にいる少年の容姿はアルフレートの記憶に引っかかった。


「ベルツ伯爵か……」


 父帝から信頼の厚い騎士――ベルツ伯爵。彼とは幾度か顔を合わせたことがある。目の前にいる少年剣士の容姿は、エーリッヒ・フォン・ベルツ伯爵によく似ていた。


「父をご存知ですか?」

「あの者だけは、私に対しても態度を変えないからな。不思議な男だと思っていたが……そなたがその息子だと知って納得した。血は争えぬということだな」


 冗談めかして答えると、ベルツ家の嫡男は楽しそうに笑ってから体勢を整えた。

 片膝をつき左の肩口に手を添えて礼をする。


「自己紹介が遅くなりました。ユリウス・フォン・ベルツと申します」

「ユリウスか……そなたは何故、私に話しかけようなどと思ったのだ?」


 そんな質問をしたのは、周囲にとって自分が腫れものの皇子だと自覚しているからだ。


 だがユリウスからはごく単純な回答が返ってきた。


「試合の最中、目が合ってしまいましたから。知らぬふりはできませんでした」


「バカ正直な奴だ」

性分(しょうぶん)ですので」


 ユリウスは茶目っ気を利かせた口調で肩を(すく)める。


「そうか……性分か」


 アルフレートは(たま)らず声を出して笑う。つられつようにユリウスも笑った。


 ひとしきり笑い合ってから、自然と二人は残りの試合を一緒に見学することになった。


 時折ユリウスが簡単な解説を入れる。話の流れで、受験者の対戦相手を務める赤毛の試験官が、ユリウスの父エーリッヒの親友であることも教えてくれた。


 すべての試合が終わる頃には、陽が(かたむ)き始めていた。


「一位殿下、夕刻が近づいて参りました。後宮の入口までお送り致します」

「アルフレートだ」


 ちょっとだけ咎めるような口調で自分の名を口にする。

 ユリウスがわずかに眉を跳ねあげた。


「形式ばった呼び方はつまらない。名前で呼べ」


 皇族が名前で呼ぶことを許すのは信頼の証だ。


 ユリウスは驚きの表情を浮かべたが、すぐにそれを笑顔に変える。


「では、後宮までのお供をお許しください、アルフレート殿下」


 アルフレートは満足げに頷いてから、いたずらっぽく口角を上げた。


「仕方がない。許してやろう」


 へんっと胸を張って応じると、ユリウスが楽しそうに笑う。


「光栄に存じます。アルフレート殿下」


 片膝をついたユリウスがすっと右手を差しのべる。


 半瞬ためらってからおずおずと自分の左手を相手の手のひらに重ねると、その手が優しく包み込まれた。


 そのまま立ち上がったユリウスは皇子の手を引いて歩きだす。


 手のひらから伝わる体温には、不思議な安心感があった。後宮の入口にたどり着いたあと、手を離すのが勿体なく感じてしまうほどに……。


 出会ったばかりの少年に対して、別れがたい気持ちが沸き上がるのが、なんとも奇妙な感覚で、アルフレートは自分自身の感情に戸惑った。


「それでは、私はこれで失礼致します」


 一礼して踵を返したユリウスの背中を、小さな皇子は見えなくなるまで呆然と眺める。


 ユリウス・フォン・ベルツが士官学校に首席で合格したことを知るのは、それから数日後のことだった。

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