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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第八章 その告白は懺悔のように
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Ⅲ.忠誠の在り方①


 皇宮に味方はいない。


 幼少のアルフレートは常にその現実を突きつけられ、孤独な子供だった。


 同腹の兄弟はおらず、母親は自分のことで頭がいっぱい。

 父親は皇帝であり、一人の子を贔屓はできない。しかも最近は、何を考えているのか分からないことも多い。

 生まれた時から、アルフレートに味方と呼べる存在はいなかった。


 敵ならいくらでもいた。


 母親であるカザリンは皇后でありながら、おおよそ徳と呼べるものを(そな)えていなかった。

 責任を知らず義務を(ないがし)ろにしながら、自己の権利は声高に叫ぶ。そういう人物であったため、政敵ならずも彼女を嫌う者は多かった。


 問題は、彼女に不当に(しいた)げられ憎しみを肥大化させた者たちの怨嗟(えんさ)の余波が大きく、子であるアルフレートにも降りかかったことである。


 皇后の無能と無責任を(あざけ)る声は、本人の能力や人柄を無視してアルフレート自身にも向けられた。理不尽な刺ある声は、容赦なく幼い皇子の心を貫いたのであった。


 そんな環境で育ったアルフレートは、物心がつく頃には他者との間に一線を引くようになっていた。


 悪意に満ちた貴族社会のなかで、誰ひとり信じてはいなかった彼が今、たった一人だけ信じられる人物――それがユリウス・フォン・ベルツである。


 だからこそ、レオンハルトがユリウスの忠誠心に対して疑心の種を()こうと話を振ったとき、漠然と抱えていた不安を言い当てられた気がして、アルフレートの心には暗く歪んだ亀裂が走った。


 それが孤独な皇子にとって唯一の拠り所であることを、兄を嫌う第二皇子は勘という名の嗅覚で敏感に感じとっているのだ。

 その悪意を本能的に察知したアルフレートは、半ば反射のように応じてしまった。


『誓いを返上したいなら言え』などと、売り言葉に買い言葉で心にもない――子供じみた発言をしたものだ、と自分でも思うが、後悔してもすでに遅く、弱味を見せないためにも、アルフレートは虚勢を張り続けるしかなかった。


「元より私は、第一皇子に忠誠を誓った覚えはございません」


 ユリウスから返ってきた答えは辛辣(しんらつ)を極めた。


 アルフレートの心が瞬間的に凍りつく。が――


(いや、違う……)


 アルフレートは反射的に理解した。


 発言の際、ユリウスの視線はレオンハルトへと固定されていた。つまり「思い違いをしておられる」という言葉も含めて、すべてはレオンハルトに向けたものだった。

 それを踏まえた上で言葉の端に目を配れば、(おの)ずと意図が読みとれる。


 アルフレートは動揺を見せることなく、落ち着きをとり戻していた。


 真相に気づかないレオンハルトが、勝ち誇ったようにせせら笑う。


「唯一の味方と信じた者にまで、こうも冷たく突き放されるとは、(あわ)れなことです兄上」


「まったくもって、憐れだ……」


 異母弟(おとうと)の言葉を反射させて、アルフレートは同情めいた視線を送る。


「言葉の表面のみを捉え、その真を見抜けぬ狭窄(きょうさく)な視野が自分の価値を(おとし)めていると、なぜ気づかない?」


 レオンハルトが鼻で笑う。アルフレートの発言を負け惜しみと決めつけていた。


「反論できぬからと、迂遠(うえん)な物言いでとり(つくろ)おうなどと、なんと底の浅い――」

「底が浅いのどちらだ?」


 声を被せられたレオンハルトが不快げに眉をひそめる。

 アルフレートはさらに追い打ちをかけた。


「考え違いをしているぞ」


 と、今度はユリウスの言葉を反復したのである。


 兄皇子が何を言いたいのか理解できず、レオンハルトは苛立った。


 わざと冗長な言葉で怒りを煽り、短気を起こさせてこの場を誤魔化そうというのか。そう訝りもしたが、アルフレートの目に焦りの色はなく、同時に冷嘲(れいちょう)の気配も感じない。だから余計に困惑が増し、動揺する自分に焦慮が募る。


 一方で、蚊帳の外に置かれた皇女ツェツィーリエは、兄同様に首を捻って考えを巡らせているが、こちらは積極的に言葉のパズルを吟味している様子だった。


 そんな弟妹たちに、アルフレートはヒントをくれてやることにした。これによって彼らが答えにたどり着けるか、少しばかり興味が湧いたせいだ。


「身分に基づいて忠誠を誓ったわけではない、とユリウスは言ったんだ」


 少し遠回りな解説を入れると、それに反応したのは妹のツェツィーリエのほうだった。


 ぱっと顔をあげて第一皇子を仰ぎ見る少女の瞳には理解の色が浮かんでおり、瑠璃(るり)色の双眸(そうぼう)を受け止めたアルフレートは満足げに目を細めたのである。

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