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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第九章 漠然とした思い
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Ⅰ.士官学校の入学試験③


 騎士の思わぬ奇襲攻撃で勝敗が決したかに見えた。

 だが、少年の体が地面に墜落することはなかった。片手を地面に突き立てて体を縦回転させ、無事に着地して見せたのである。

 ステファンから蹴りがくると分かった瞬間、ユリウスはとっさに地を蹴って自分から後ろに跳んでいた。だから空中で体勢を立て直すことができたのである。

 大きく距離のできた両者は互いに睨みあう。

 ふっとステファンが口角を持ちあげて笑みを見せ、ユリウスもつられたように笑った。

 二人は同時に地を蹴り、間合いが一息のうちに詰まる。

 そこから二人の動きは飛躍的に加速した。

 様子見は終わりだと言わんばかりに両者の目には烈気が走る。

 ユリウスが剣を横に一閃。ステファンがそれを受け止めるが、膠着(こうちゃく)するのを嫌うように、互いに相手の剣を弾き返した。その反動で両者はともに一歩後退する。

 すぐさまユリウスは一歩踏み込んで、剣を袈裟懸(けさが)けに振り下ろす。

 主導権を奪い、相手を受け身に回らせ、自由な立ち回りを封じる。そうしなければ奇襲戦法で思わぬ反撃を被りかねない相手だと知っている。

 だから休む間もなく右に左に剣を奔らせ、ステファンを揺さぶろうと(こころ)みた。

 ステファンは相手の攻撃を受け流しながら、一歩、二歩、と少しずつ後退していく。

 ユリウスの動きには付け入る隙がないことを認めざるを得ない。だが、ない隙は作ってやればいいのだと、長年の経験で知っていた。

 ユリウスはじりじりと前進しつつも、ステファンを崩しきれないことに()れ始めていた。それが相手の狙いだと分かっているから、集中力をもう一段階引き上げて、己の焦りを抑制しなければならなかった。

 連続で攻撃を繰りだし続けるユリウスの七撃目を弾いた直後、ステファンはほんの一瞬、視線を泳がせる。見物人が集まる広場の一角。とある一点へと、その意識を集中するように。

 相手の動きを予測するため、ステファンの表情、呼吸、視線の動きを注視していたユリウスの目線は、反射的に同じ方向へと動いた。

 直後にユリウスは目を(みは)る。

 視界に飛び込んできたのは、小さな少年の姿だった。

 (きら)めくような銀色の頭髪に気をとられた一瞬あと、澄んだ(すみれ)の瞳と視線が交差する。きれいな菫色の瞳が、ユリウスのそれと同様に大きく見開かれたように思った。

 直後のことである。


 キィンッ!


 甲高い音が響いて、一本の剣が宙を舞う。

 わずかに生まれた隙を狙いすまして、赤毛の騎士がユリウスの手から剣を弾き飛ばしていた。

 回転しながら弧を描いた剣が地面に突き刺さる。

「そこまで!」

 判定を告げる声が上がり、今度こそ勝敗は決した。

 ユリウスは軽く息を吐きだして、(から)になった右手を見下ろした。剣を弾かれた感触が、じんじんとした(しび)れとして残っている。

 してやられた……。

 苦い感情が敗北感となって胸中に広がっていく。

「戦いの最中によそ見はいけないな」

 落胆する少年の肩をぽんと叩いて、ステファンが囁きかける。意地の悪い笑みを浮かべた騎士を、ユリウスは憮然と見返した。

 自分で状況を誘発しておいて、この言い草である。結局、この騎士の余裕を奪いきれなかったのが全ての敗因なのだろう。

 純粋な剣術の腕で劣っていたとは思わない。しかし、それだけで戦いに勝てるというものではないことをユリウスも承知していた。

 あれを卑劣だと(ののし)って相手を(おとし)めるのは簡単だが、それは自分の愚かさを露呈する行為だ。ユリウスとしては自分の完敗を認めざるを得なかった。

「今はあなたの足元にも及びませんが、いつか必ず勝ってみせます」

 半分は負け惜しみと自覚しながらも、半ば本気の決意を口にすると、ステファンはおどけるように肩を(すく)める。

「怖いねぇ。君を敵に回さずに済むよう、気をつけるとしよう」

 からかうような口調とは裏腹に、彼の目は笑っていなかった。

 近い将来、追い抜かれることを確信している。そう言いたげな視線には、警戒心が薄い膜となって張りついているようにも見えた。

 この子爵に畏怖を抱かずにいられないのはこういうときだ。

 自身をとり巻く物事が自分とその周囲に及ぼす影響力――情勢や他者の持ちうる感情がどう作用し、どんな未来を決定づけるのか。それらを、自分の個人的な感情にも囚われることなく、自分自身を含めて客観的に評価する力に()け、あらゆる可能性を考慮して未来を的確に予測する。

 ステファンとはそれを過不足なくやってのける人だとユリウスは思っている。

 そんな人物に、ほんのわずかとはいえ警戒心を抱かれるのは心地よいものではない。

 敵に回したくないのはこちらのほうだ――判然としない危機感に鳥肌がたつのを感じながら、ユリウスは赤毛の騎士を見つめるのだった。

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