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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第八章 その告白は懺悔のように
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Ⅱ.偽りの血統②


 どくん、と鼓動が跳ねた。


 自身の行動を批判されたジルケは、自らの愚かさと罪の重さに心が冷える。


 レオンハルトに言われた通り、自分に兄を責める資格などない。

 見ないふりをしていた事実を痛烈に叩きつけられて、少女は黙りこむしかなかった。


 反論できずに妹が(ひる)んだ様子を見せると、優位性(アドバンテージ)を得たレオンハルトが落ち着きをとり戻して、さらなる追い打ちをかける。


「お前の軽率で身勝手な行動によって、どれだけの者たちが迷惑を(こうむ)ったと思っている。考えの足りぬお前の発言に説得力があると言えるのか?」


 返す言葉を失って、ジルケは歯噛みする。


 意外なところから援護が飛んだのは、少女が気落ちして俯いたときだった。


「皇女は経験が足りていなかっただけだろう」


 ジルケが顔をあげると、声の(ぬし)と目が合った。

 これまで興味もなさそうに黙殺を続けていた第一皇子が、(すみれ)色の瞳で少女を見下ろしている。その視線が心なしか優しいものに感じられた。


「若年ながらも、その聡明さと探究心には目を見張るものがある」


 アルフレート皇子は目線を上げて異母弟(おとうと)を見据えると、淡々とした口調のまま言葉を続ける。


「貴公よりもよほど優秀だと思うが」


 責めるでも嘲笑うでもなく、あくまで無感情な声音。その熱の無さが、かえって本音を言っているように聞こえるのだから不思議なものだ。


 レオンハルトが大袈裟に眉を跳ね上げる。


「なるほど……ツェツィーリエを懐柔(かいじゅう)して、我ら兄妹を仲違いさせようとのお考えか。兄上は下劣な品性をお持ちのようだ」


 アルフレートが初めて口角を上げた。意地悪く嘲笑するような笑い。

 だが瞳は()めたままで、今なお感情が読みとれない。


「下劣……か? 反論できないからと、話のすり替えで妹を黙らせようとした貴公に言われたくはないものだ」


 レオンハルトが言葉に詰まる。


 図星を指されて視線を逸らした異母弟(おとうと)を冷たく見つめて、アルフレートは吐息した。


「そもそも違えさせる必要があるほど仲の良い兄妹には見えないがな。私は妹を冷たく見下(みくだ)している貴公の姿しか見た覚えがない」


 この言葉にはジルケも驚いた。アルフレート皇子は自分たちに一切関心がないと思っていたから、こんな指摘が飛びだすと思っていなかったのだ。

 だが同時に、ユリウスがこの皇子に心を砕く理由が分かる気もした。


 黙りこむレオンハルトに、アルフレートは容赦なく言い募る。


「性格も聡明さも、ずいぶんと兄妹で乖離(かいり)しているようだな。血の繋がりを疑いたくなるというものだ」


「殿下、それ以上は……」


 ジルケに気を遣ったのかもしれない。ユリウスがとっさに口を挟んで(あるじ)(たしな)めた。


 それを見たレオンハルトが、気をとり直したように笑う。


「血筋というなら、ご自分の心配をされたほうが良いのではありませんか?」


 含みを帯びたその言葉に、アルフレートの表情が変わる――いや、変わったというよりは()()()というべきかもしれない。


 それまで無関心だった異母弟(おとうと)に対して、微かな怒りの色を(にじ)ませているように見えた。


「何が言いたい?」

「皇后陛下の不貞を疑う声が十数年間、絶えることなく囁かれていることは兄上もご存じでしょう?」


 ジルケは心臓がひやりと凍りつくような錯覚に襲われた。

 レオンハルトが持ちだした話題は、誰もがタブー視して口を(つぐ)んできたことだからだ。


 すなわち――アルフレート皇子は本当に皇帝の子なのか?


 あまりに致命的で恐ろしく、それ(ゆえ)に口にできる命知らずはこれまでいなかった。レオンハルトの後ろに控える付き人たちも、これには顔色を失くして(おのの)いている。


「もし噂が真実なら、皇后陛下とあなたの立場は危ういことになるでしょうね」


 大それたことを喋り続ける兄の口を一刻も早く塞いでしまいたかった。

 しかしジルケは足が(すく)んで動けない。青ざめた表情で、ただ状況を見守ることしかできなかった。


 勢いづいた第二皇子の口は止まらない。


「父上もそうお思いだから、未だ皇太子擁立(ようりつ)を渋っておられるのではないですか?」


 意地の悪い視線をユリウスへと移して、レオンハルトはさらに言い募る。


「ベルツ(きょう)も身の置き場を考え直したほうがいいのでは? このまま兄上に従い続けて身を滅ぼす結果を招いては、とり返しがつかなくなってしまいますよ」


 その瞬間、空気が凍りついた気がした。明らかにアルフレートをとりまく空気が変わったからだ。


 怒りなどという生易しいものではない。地獄の底から()り上がってくるような底知れない気配を感じて、ジルケは怖気(おぞけ)()った。


 恐る恐るアルフレートを見ると、彼は底冷えのする視線を自分の騎士へと向けていた。


「だそうだ、ユリウス。私の出生は誰に言われずとも、私自身が疑い続けていることでもある。噂は本当かもしれないぞ」


 口の()を持ち上げたアルフレート皇子はしかし、ほの暗い双眸(そうぼう)でユリウスを見据える。


「誓いを返上したいのなら遠慮せずに言うがいい。それでお前を責めるつもりはない」


 少女のはるか頭上で深い吐息が聞こえた。


 見上げると、ジルケのすぐ後ろに立つベルツ伯爵が、見たこともない厳しい表情を浮かべている。


 錬金術師の家でジルケが駄々をこねた時も、ユリウスは彼女を(いさ)めたが、それとは比較にならない感情がそこにはあった。


 強い怒りを秘めた琥珀(こはく)の瞳がすっと細められる。


「殿下は考え違いをしておられる」


 ユリウスは抑揚(よくよう)のない声で静かに、しかしはっきりと言葉を続けたのである。


「元より私は、第一皇子に忠誠を誓った覚えはございません」

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