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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第八章 その告白は懺悔のように
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Ⅳ.それぞれの反省①


 レオンハルトはとかく机上で空論を描く癖がある。

 理論でのみものを考え、人の感情がどう絡むかまでは計算に入れない。だから破綻(はたん)をきたすのも早いが、原因が分からないまま解釈を進めようとするから、思考は徐々に歪曲していく。

 そんな思考の歪みにつけこまれて、反アルフレート派の貴族に担ぎ上げられているのが現状だ。

 だが本人はそれに気づいていない。

 自分の味方をしてくれるヴァルテンベルク公爵の言動を疑いもせず、公爵領がまともに統治されていると無条件で信じているようだった。

 思い込みによって凝り固まった認識を打破してやらなければ、レオンハルトの思考が前へ進むことはないだろう。

 だからユリウスは惜しまず、詳細を説明しようと考えた。

「ヴァルテンベルク公爵領の民は、その多くが貧困によって粗末な暮らしを強いられています」

 ボロボロになった服を着替えることもできないほど困窮した生活。それでも食いつなげている者はまだましなほうといえる。その日食べる物にも事欠き、食べ物を盗んで飢えを凌ぐ子供たちも珍しくない。

 領民がそんな生活に追い込まれている最大の要因は、重すぎる税の取立てにあった。

 国が定めた税は収入や収穫の一割ほどだが、領地によって実情は異なる。

 街の整備やら警備費やら、と様々な理由をつけて領主は税を取り立てる。それが正当なものであるか、その裁量は各領主に任されているのが現状で、国も把握しきれているとは言い難い。

「調べてみると、ヴァルテンベルク公爵領では四割から五割もの税が取り立てられていました」

 国に納められているのはそのうちの二割ほど――つまり定め通りの税収分だけであったため気づくことができなかった、というのが財務官府の言い分である。

「問題は、残りの税収が正しく使われているかどうかです」

 高い税を取っている割には、ヴァルテンベルク公爵領の直轄地は治安が悪く、街も(さび)れた印象が強い。きちんと整備されてるようには見えなかった。

 その事実とヒュッテンシュタット公爵が証拠として提出した裏帳簿の数字とを照らし合わせれば、ヴァルテンベルク公爵が税収の一部を着服していたことは疑いようがない。

「公爵領の特に直轄地ともなれば、肥沃(ひよく)な大地と温暖な気候に恵まれております。まともな統治下であれば、領民があれほど困窮することはあり得ません」

 ユリウスがそこまでの説明を終えると、レオンハルトが鼻を鳴らして反論する。

「ヒュッテンシュタットの報告にそうあっただけだろう。それをさも見てきたかのように――」

「見てきたからな」

 異母弟(おとうと)の言葉に口を挟んだのはアルフレートだった。

「実際にヴァルテンベルク公爵領まで足を運んで、この目で確認してきた」

「なっ? どうして……わざわざ……」

 意表をつかれたレオンハルトは自らの主張を(ひるがえ)すような反応を示して、少なくとも妹からの呆れを買ったが、それには気づかず、罵倒するでも嘲笑するでもない無感動な(すみれ)の視線に、強い不安感を刺激されていた。

 アルフレートがどこか同情的な視線を送って、レオンハルトの疑問に答える。

「ユリウスの親戚筋から上がってきた話だからこそ、鵜呑(うの)みにするわけにはいかなかった。判断を誤れば、ユリウスの立場すら危うくなるからな」

 だからこそ徹底的に調査を行い、確信に至ってからヴァルテンベルク公爵を呼びだした。万全を喫するには、自分の目で領地の状態を見ておくことがどうしても必要だったのだと説明してから、自分の覚悟を口にした。

「どれほどの権力を振りかざしているのか、自覚はしているつもりだ。それ故、自らの責任を軽んじるつもりもない」

 レオンハルトは無言だった。

 困惑した表情が、アルフレートの真意を悟ってのものか、言い返す言葉を見失って戸惑っているだけなのかは分からない。

 代わりに言葉を返したのは、妹のツェツィーリエ皇女だった。

「一位殿下がご自分の責任に真摯(しんし)に向き合おうとされていることは、その行いを見ていれば十分に察することができます。ベルツ伯爵が貴方に信頼を寄せる理由はそこにもあるのでしょう……私も、見倣(みなら)わねばなりません。二度と愚かな過ちを繰り返さないためにも」

 自分の反省を交えて皇女が感想をこぼすと、レオンハルトは眉間にしわを刻んで歯噛みした。

 どうやら第二皇子のほうは、まだ納得がいっていないようである。

 自分の間違いを頑なに認めようとしないレオンハルトに、アルフレートはこれ以上の興味を持てる気がしなかった。

 だから異母弟(おとうと)に向けた言葉は、自然と無感動な声になる。

「皇女は此度のことで大きく成長したようだ。そなたも妹の姿勢を見倣うといい」

 十歳の妹を手本にしろ、と言わんばかりの発言に、レオンハルトが傷ついた表情を見せる。どうやらプライドに障ったらしい。

 だがアルフレートは無関心に続けた。

「肩書きに頼ることなく、自己の行いによって信頼を得られるよう努めることだ。自身の徳によって他者の心をつかめる存在になったなら、その時にまた話を聞いてやる」

 だから今のお前に興味はない――その真意を察して、レオンハルトは心理的敗北感に打ちのめされる。自身の思慮の浅さ、あるいは思考の矮小(わいしょう)たるを見透かされた気がしたからだ。

 何も言い返せないまま、レオンハルトは両の拳を握りしめて、爆発しそうになる苛立ちを抑えつける。

 握りこんだ爪が深く皮膚に食い込む感触を自覚しながら、彼は兄皇子に背を向けた。

 怒りの形相で乱暴に床を蹴りつけて去っていく第二皇子に、付き人たちが慌ててついていく。

「兄の無礼をどうかご容赦くださいませ」

 皇女がアルフレートに頭を下げた。

 姿勢正しくきれいな所作(しょさ)は、素朴なワンピース姿を忘れさせるほどの気品を(まと)っている。普段のお転婆(てんば)はナリを(ひそ)め、淑女の顔を覗かせていた。

 彼女は顔を上げたあと、毅然とアルフレートの瞳を見つめて、もうひとつ謝罪を重ねた。

「わたくしの身勝手な振る舞いによって殿下のお手を(わずら)わせ、多大な迷惑をおかけしたこと、慚愧(ざんき)に堪えません。後日改めて謝罪に(うかが)いたいと存じますが、お許しいただけますでしょうか」

 皇族としての品位を保ち形式を守る姿から、公私を正しく隔てる分別が(うかが)える。アルフレートがこの皇女を高く評価する所以(ゆえん)だ。

「許す。いつでも訪ねてくるといい」

 本来ならば政敵にあたる間柄の二人に、何ともいえない親愛が生まれつつあった。

 奇妙な喜びを覚えながら、ツェツィーリエはもう一度礼をして踵を返した。

 自分の今後を相談できる空気ではなくなってしまった。それを悟って、おとなしく自室に戻ることにしたのだ。

 皇女の後ろ姿を見送ったあと、ユリウスは(あるじ)に向き直る。

「今から少し、お時間を頂いてよろしいでしょうか? お話ししたいことがございます」

「私も、お前と話をしたいと思っていた」

 アルフレートが成人したのをきっかけにユリウスは近衛騎士となったが、互いに距離を測りかね、それを解消する機会がないまま、あと少しで三年が経とうとしている。

 これまでは大きな問題に直面することもなかったため、二人とも関係の是正(ぜせい)を先延ばしにして、向き合うことを避けていた節がある。

 だが今回のように、二人の信頼にひびを入れようとする者が、今後も現れる可能性は十分にあった。

 その(たび)に揃って感情を揺さぶられるわけにはいかない。互いの意思を明確に認識しておく必要がある。これは良い機会なのだろう、とする二人の決意がそこにはあった。

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