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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第八章 その告白は懺悔のように
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Ⅲ.忠誠の在り方②


 アルフレートの言葉で真意を察した妹とは逆に、レオンハルトは未だピンとこない様子で不機嫌顔を浮かべている。

 異母弟(おとうと)愚鈍(ぐどん)さに、嘲笑よりも憐れみを覚えた。

「分かり易くヒントを与えてやったというのに、そなたの思考は鈍重だなレオンハルト。そんなことでは妹にも負けるぞ」

「さっきから、いったい何を言いたいのですか?」

 歯噛みするレオンハルトの瞳には明確な敵意が見てとれた。

 敵視するあまり、その思考は兄皇子を否定する方向にしか働かない。それがツェツィーリエとの差を生んでいる。だからアルフレートは異母弟(おとうと)を憐れむのだ。

 同時に惜しいとも思う。アルフレートの見立てでは、レオンハルトの思考能力は妹に劣っていないはずだ。

 アルフレートは視線を皇女へと移す。

 異母妹(いもうと)が正しくパズルを組み上げられたか、答え合わせを促すつもりだったが、その必要もなく、彼女はすぐに意図を察して頷いた。

「ベルツ伯爵は先程『第一皇子』と言った。そこに敬称を付けなかったのは『第一皇子』という肩書きを示したものだから――つまり、第一皇子という()()()()()()()忠誠を誓ったわけではないと言いたかったのだ」

 レオンハルトがはっとしたように目を見開いた。

 妹の解説でようやく意味が分かったらしい。

「そうなのであろう、伯爵?」

 皇女が確認するようにユリウスを見上げると、彼は眉尻を下げて苦笑した。

 第一皇子の近衛騎士は(あるじ)の元に歩み寄ると、片膝をついて頭を下げる。

「ご承知の通り、我が忠誠は肩書きに依らずアルフレート様ご自身に捧げたもの。ですが、貴方にご理解いただいていることに甘え、周囲に要らぬ誤解を招いたのは我が不徳の致すところ。どうかお許しください」

 懺悔(ざんげ)のように謝罪を吐きだす騎士の姿に、アルフレートは「ああ……そうか」と安堵した。

 先ほどユリウスが見せた怒りの表情――それが何に対するものだったのか分かったからだ。

 同時に、胸中にちくりとした罪悪感が湧きあがって、自分自身の矮小さに自嘲する。

「私にも責任の一端はある。謝罪は不要だ」

 温情などではない。後ろめたさが吐きださせた自責の念。

 だがその言葉は、場にいる者たちの耳に寛大さを伴って響いた。

 そのせいで、立ち上がったユリウスの表情は未だ渋いまま。それが妙におかしくて思わず笑いそうになる。それがうっかり顔に出ないようにと、いくらかの努力が必要だった。

 一方のレオンハルトは、敗北感に満ちた紺碧(こんぺき)の瞳に、恥辱(ちじょく)を受けたことへの憎悪を込めて、近衛騎士を睨みつけていた。

「国家ではなく個人に忠誠を誓うなど、危険な思想ではないか」

 それは悔し(まぎ)れで吐きだされた糾弾(きゅうだん)には違いないが、必ずしも間違った言い分ともいえない。

 個人に対する忠誠心などというものが、ともすれば英雄崇拝へと直結し、権威主義を生みかねない危険性を(はら)んでいるのは事実だ。

 権威主義的な思考に囚われれば、自己の責任感は希薄になり、視野は極限まで狭められ、倫理観や道徳心を無視した行為すらも正当化されて、自身の行動に疑問を持たなくなる。

 ただ、レオンハルトの言う『国家』が皇帝そのものを指すのであれば、同様の危険性は当然ながら存在する。

 だから、この問題提起を突き詰めるためには、『国家への忠誠とは何か』という別の議論が必要になってくるわけだ。

 それらを踏まえた上で答えを明確に示せるのが、ユリウスという人物だった。

「国家とは国民である、と私は捉えております。国民なくして国家は存在し得ず、平民階級の働きなくして我ら貴族の生活は成り立ちません。故に、真に目指すべきは我ら貴族の安寧ではなく、それを支えている民の生活を守ることにあります」

 レオンハルトが鼻を鳴らす。

「道理ではあるが、兄上にそれができる、とでも言いたいのか?」

 アルフレートを見下すような第二皇子の態度に、ユリウスは感情を伏せて、あえて淡々と答えた。

「国を健全化するためには、国民に対して公正であることが求められます。だからこそ、万人に対し公正たるを(むね)としておられるアルフレート殿下を補佐し(たてまつ)ることが、結果として国家への忠節を果たすことになると考えております」

「公正?」

 レオンハルトの口から嘲笑うような吐息がもれる。

昨日(さくじつ)の不公正な裁可に荷担しておいて、よくそのような戯言(ざれごと)を口にできたものだな。この(あるじ)にしてこの部下ありということらしい」

 どこまでも挑発的な第二皇子の言葉にも、騎士の表情は変わらない。

 むしろレオンハルトが煽れば煽るほど、ユリウスの感情は平坦になっていく。

 言葉を交わすごとに、この少年に対して同情心が沸き上がるからだ。

 狭い視野に囚われ続ける皇子は、もっと現実を知らなければならない。だからユリウスは質問をぶつけた。

「貴方はヴァルテンベルク公爵領の現状をご存知ですか?」

「なんだと……?」

 不意をつかれた第二皇子は、ただ困惑の色を瞳に浮かべるだけだった。

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