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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第一章 シルヴァーベルヒ
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Ⅱ.若き皇帝代理③


「ディルクハイムの留守を狙って謁見を申し出ておきながら、格好の悪いことだ。そう思わないか、ユリウス?」

 謁見を終えて自室へと向かうアルフレート皇子は、後ろを歩く近衛騎士に声をかけた。

 ユリウス・フォン・ベルツは先月父親が病で他界したため、その長男として伯爵家の家督を継いだばかり。暗緑色(あんりょくしょく)の頭髪と琥珀(こはく)色の瞳をもつ十九歳の青年である。

 高身長の騎士は、アルフレートがいちいち見上げないと目も合わせられない相手で、平均的な背丈しか持たない自分を恨めしく思う瞬間がたびたびある。

 卓越した剣術の腕を持ち、士官学校でも優秀な成績を収めたユリウスは、若年ながらすでに大佐の階級にあった。

 皇子が正式に玉座を継げば将官になるのは確実だろう。

 それが上級貴族たちの矜持(きょうじ)を傷つけるらしい。貴族の中には『世襲騎士』と揶揄(やゆ)する者も少なくない。

(いたずら)人心(じんしん)を惑わすのはお控えください。無用な反感を招くのはこれからのためにもなりません」

 生真面目に皇子を(いさ)めるユリウスは、(あるじ)の意図を正確に理解しているようだ。

 使者の男はアルフレートの思う通りに踊ってくれた。

 中身のない言い訳を聞く時間が無駄に思えたから、政務に興味のないふりをした。

 献上品に目を向けて見せれば、公爵代理は皇子の意向を()みとって即座に品物へと話題を転じた。

 しかしあまりにも単純な思考回路に思わず笑ってしまったのが失敗だった。

 気を利かせすぎた使者の説明はくどく、却って時間を浪費するものだから、途中で表情を消して焦らせてやる必要があった。

 男の狼狽(うろた)えぶりは見ていて愉快なものだった。

 そんな皇子の心情を見抜いていたからこそ、ユリウスは忠言したのである。

(まつりごと)というのも、やってみると面白いものだな」

 アルフレートは騎士の諫言(かんげん)を無視して話題を変えた。

「殿下、国政は遊戯(ゲーム)ではありません。その采配の一つ一つが国民の生活に影響するのです」

「分かっている……だからこそ、責任を軽んじる領主を放置するわけにはいかない」

 ことごとく(たしな)めようと口をはさむ臣下に不快感を示すほど狭量ではない。

 そんなことよりも、気にすべきなのは今後のことだ。

「ヴァルテンベルクは来るかな?」

「来ざるを得ないでしょう。おそらく四、五日中には……」

 アルフレートがわざと期限を区切らなかった理由を分かっているのだろう。ユリウスの返答には迷いがない。

 数日、という曖昧(あいまい)な表現は焦りを(あお)る。できうる限りの迅速さで参上しなければ裁可が下ってしまうことを暗に指摘していたのだ。これによって、公爵は時間稼ぎの機会を奪われた。

 始めから「不正」の旨を伝えれば、ヴァルテンベルク公爵は財産を持って逃げだす恐れがあった。そのため、あくまで「不備」という体裁をとって抜け道があるように思わせたのである。

 アルフレートは始めから公爵を許す気がなかった。

「どう申し開きをするのか楽しみにしておこう」

 嘲笑をまじえた言葉にユリウスは何も言わなかったが、渋い表情を浮かべていることは想像に難くない。

 だからこそアルフレートはこの騎士を信頼しているのだ。

 皇族に対して萎縮したり媚びたりする貴族は多い。ましてアルフレート相手には、侮って陰で笑う者までいる始末だ。

 貴族とはそういう生き物だと分かっているが、ユリウスは違う。

 彼は爵位や階級で人を区別しない。相手の人柄に対して取るべき態度を決める。そういう人物だった。

 人柄でも実力でもユリウス以上の騎士はいない――それはアルフレートの本心だ。

 だが一方で、何があっても淡泊な反応しか見せない姿に、若干の不満も感じていた。

 もう少し、地位やアルフレートに対して執着心を見せてもいい気がする。

 いつの日か、ふっと傍からいなくなってしまうのではないか……そんな小さな不安が、皇子の心をざわつかせていた。

「今日はこれでお前の任を解く。もう帰ってもいいぞ」

 自室の前にたどり着いて、自分の騎士に向きあった。内心の懸念を表情から追いだしておくことは忘れない。

「では、代わりの者を寄越しましょう」

 いつも通り、事務的な答えが返ってくる。

 少しばかり底意地の悪い気分になった。

「不要だ。こんな内宮(ないぐう)の奥で危険に()うことのほうが難しかろう」

 揶揄(やゆ)的な口調は、どうせまた素知らぬ応答があるのだろう、という思いの裏返しである。

 だがアルフレートの予想は外れた。

 すぐには反応がなく、やや間が開いてから「御意」と返ってくる。その顔がどこか不安げに揺らいだように見えた。

 しかし直後には表情が戻っていたため、見間違いだったかとアルフレートは目を瞬く。

「では、明日の朝またお迎えに参ります」

 わずかに困惑を見せる皇子には気づかなかったのか、何事もなかったように一礼して、ユリウスは歩き去っていく。

 とり残されたアルフレートはややしばらく、声もないまま首を傾げていた。

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