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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第八章 その告白は懺悔のように
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Ⅰ.皇女の告白②


 陽が沈みつつある貴族の街をベルツ家の馬車がゆっくりゆっくりと進んでいく。

 馬車の中。魔術で生みだされた仄かな明かりが、男女三人の真剣な表情を浮かび上がらせる。

「いずれにせよ全ての責任は私にある」

 決心を固めた皇女が、気丈な声を響かせて顔を上げた。

「巻き込んでしまった商人や侍女に刑罰が及ばぬよう、できる限りの手を尽くして、私は母上に許しを乞わねばならない」

 それは自分に言い聞かせるようでもあり、この場にいる者たちに訴えるようでもあった。

「たとえ後宮内ですら自由を失うことになったとしても、罪に問われるべきでない者を罰するわけにはいかない」

「皇族とは、そうできる権力を持った存在です」

 皇女の決意に水を差すように口を挟んだのは、対面に座る近衛騎士だった。その堅い声には非難めいた響きがある。

「皇族なればこそ、不当に他者を貶めてはならない」

 ジルケが眉尻をつり上げて反論する。

 しかしユリウスは冷たい声を反射させた。

「貴女の(こころざし)がそうであったとしても、実態は違います。長年の慣習を貴女の一存だけで変えられるとでも?」

 意地の悪い言いようだが、彼女をいじめたいわけではない。ただ、皇女が現実を見ないまま言っているのなら、彼女の決意はかえって害になりかねないとユリウスには分かっていた。

 だから厳しい言葉を投げ続けることになっても、甘い展望は打ち砕かねばならない。

 しかし近衛騎士の冷たい態度にも、ジルケの眼差しは揺らがなかった。

「私の発言に力がないことは百も承知だ。それでも、我が身にかけて、彼らへの処罰だけは止めてみせる。犠牲になるのは私ひとりで十分だ」

 瑠璃(るり)色の瞳がきらりと光る。その眼差しは、仄かな魔術の明かりを数倍に反射するかのような強さを秘めていた。


 ――自分の命を盾にしてでも何とかしてみせる。


 そんな決意が見えた気がして、ユリウスは既視感めいた思いを自覚する。

 苦笑を堪えながら「わかりました」と応えたユリウスは、眉間のしわを消して口元を綻ばせた。

「貴女の覚悟を信じましょう」

 ジルケはきょとんと目を瞬かせてから小さく笑った。

「私が政敵である第二皇子の妹だから冷たくされているのかと思っていたが、それは勘違いだったようだ……ベルツ伯爵は私が無知なまま現実に直面することのないよう、あえて厳しい態度をとってくれたのだな」

 皇女がそう納得する姿を見て、その隣に座るウリカが「ふふっ」と声を洩らした。

「ユリウスはね、ただ甘やかすことが優しさではないと知っているのよ」

 訳知り顔で話す子爵令嬢は、ユリウスが皇女に冷たい態度をとっていても、口を挟むことなく静観していた。意図を理解してくれたからだろう。

 ユリウスが期待した通り、彼女は自分の役割を正しく把握している。

 ありがたいことだ。

 言葉を交わすことなく笑いあう従兄妹を交互に見比べたジルケが、何を思ったのか、ぽんっと手を打ち合わせた。

 そして――

「二人は想いあう仲なのか?」

 と、無邪気な声を響かせた。

 ひくり、と二人は同時に頬を引きつらせる。

 どこをどう見てそう思ったのか……あまりにも心外すぎる問いかけに、ユリウスとウリカは声も出せないまま、呼吸すら忘れて動きを止めた。

 二人の顔に虚無が浮かぶ。

 無言で表情を歪める従兄妹たちをまた交互に見比べたジルケは、眉尻を下げて顔色を変えた。

「すまない……私の勘違いだったようだ……」

 二人の反応から、彼女はすぐにそう理解してくれて幸いだったが、ここ最近この手の話題が付きまとっていて、いい加減ユリウスはうんざりしていた。

「いえ……ご理解いただけたようで、何よりです……」

 暗い表情で返す声は、思いのほか低く響いた。正直、眉間にしわが寄らないようにするだけで精一杯なのだ。

 対面でウリカも不満げに唇を尖らせている。

「そうか。似た者同士なのだな」

 皇女が小さな声でぼそりと呟いた言葉は、二人とも聞こえないふりをした。

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