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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第七章 若者たちの小さくて深刻な葛藤
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Ⅱ.魔力を操る能力②


 食事を終えて多少なりとも落ち着きをとり戻したウィリアムは、工房(アトリエ)に戻って調合作業を再開していた。

 ジルケのことはとりあえず棚の上に置いておくことに決めたようである。


 調合作業中のことが気がかりではあったが、意外にもジルケはおとなしく見学に徹していた。おかげでウィリアムの雷が落ちることもなく、平和に時間が流れていった。


「錬金術を行う上で大前提となるものがある。それが何か分かるか?」


 ある程度必要な作業を終えた錬金術師が、手を止めてそんな問いかけをする。


「魔術学の知識か?」


 即座に答えたのはジルケだった。


 錬金術が魔術を使用することで成り立っているのは確かだ。しかしウィリアムはその答えを否定した。


「魔術の使用法を知っておくのは前準備として必要なことではある。前提のひとつとはいえるが、根幹を成す『大前提』とは言い難い」


 むう、とジルケはうなる。


 ウリカもとっさに浮かんだのは同じ答えだったから、違うと言われて落胆したが、それも一瞬のこと。

 錬金術師の言葉の中には大きなヒントがあった。

 逡巡したのち、彼女は脳裏に浮かんだ回答を口に出す。


「もしかして、魔術を扱うための才能……ですか?」


 子爵令嬢の出した答えに錬金術師は軽く眉を跳ねあげた。


「どうしてそう思った?」


 ウィリアムは逆に質問を重ねてくる。

 あてずっぽうの正解は許さん、ということらしい。


「貴族社会にいると失念しがちですが、魔術はもともと貴族の生まれでなければ扱う能力がありませんでした。それは建国の始祖であるクリストフォルスからの遺伝による能力だからです」


 だから魔術を扱えるのは貴族の特権だった。

 しかし長い年月を経て、家督を継げない貴族の子弟が下野(げや)したことで次第に平民階級にも魔術を扱える者が増えていったのである。


 とはいえ、素質だけあっても意味はない。

 正しく魔術を扱うためには学びが必要だった。


「近年になってようやく平民階級にも民間の学校ができましたけど、依然として問題は多いです」


 財力や識字率の低さが障害となっているのが実状だが、民間に魔術が普及していない理由はそれだけではない。


「そもそも市井(しせい)の民は、魔術を扱えるという認識そのものが薄いんです。彼らにとっては使えないのが当たり前だから……それを見て私は、魔術を扱うには生まれもった素質が必要なんだと実感しました。錬金術を行う上での大前提とは、それと同じことではないかと思ったんです」


 ウリカがそう理由を述べると、錬金術師は満足げに笑った。


「なるほど……市井の学校に通っている意味が証明されたわけだな。視野が広がって結構なことだ」


 褒め言葉というには皮肉めいていた。


(意地悪だなぁ……)


 思わず心中にそんな感想が()ぎったのは、昨日のやりとりを思いだしたからだ。


 あのとき、市井の学校に通う意味を問われてウリカはそれに答えたが、ウィリアムには納得してもらえなかった。

 それは漠然とした答え方だったからだ。

 今回のように具体性を帯びた説明があったなら、冷たく反撃されることもなかったのに……ウィリアムはそう言いたいのだろう。


 そうやって何かと人を試そうとするところに、性格の悪さが(にじ)み出ている。

 ウリカとしては、身近にいる『誰かさん』の悪癖を思いだして複雑な心境になるのだ。


「君が言った通り、大前提となるのは魔力を操るための能力だ」


 ウリカの心情など素知らぬ様子でウィリアムは話を続ける。


「どれだけ深い知識があろうと、その才能がなければ錬金術そのものを行使することはできない。では、その能力の有無は何によって決められているのか……それを考えたことはあるか?」


 ウリカはきょとんとする。


「それはクリストフォルスの血を引いているかどうか……?」


 数分前の回答を復唱するような心持ちで答えると、ウィリアムが静かに首を振った。


「クリストフォルスという人物はなぜ他者が持ち得ない能力を持っていたんだ?」


 そう返されてはっとする。

 ウリカは強く頭を殴られたような気分がした。

 ウィリアムの言いたいことに気づくと同時に、自分が固定観念に縛られていることを認識したからである。

 その事実は、ウリカを深い内省へと引きずり込んだ。

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