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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第七章 若者たちの小さくて深刻な葛藤
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Ⅳ.ジルケの正体②


 竜胆(りんどう)の花を模した紋章は、皇宮に出入りを許された商人の証だ。西門広場でジルケが乗り込んだ商人の馬車にはそれがついていた。

 しかし皇宮に出入りしているというだけで、彼女が皇女であると断定するには無理があるように思える。

 だが、もうウリカにも分かっていた。

「皇女殿下ではないかという疑念の決定打は、彼女が名乗った名前ね?」

 ツェツィーリエ――それが今年で十歳になる第三皇女の名前だ。

 その名における愛称が『ジルケ』である。

 ウリカに名を聞かれたとき、とっさに偽名が思いつかず、愛称を名乗ったのだろう。

 ツェツィーリエ皇女の愛称は家族が私的な場所でしか呼ばないため、それでも誤魔化せると思ったのかもしれない。

「貴女と同じ年頃で『ツェツィーリエ』という名を持つ貴族令嬢はいないはずです」

 ユリウスはそう言い切った。それには理由がある。

 その名を呼ぶことも(おそ)れ多いとされる皇族。貴族社会では、皇族と同じ名は付けないのが暗黙の了解だった。

 万が一被ってしまった場合は改名する。皇宮に出入りする立場であれば余計だろう。

 それでも、ジルケは往生際悪く反論を(こころ)みる。

「だとしても……可能性がゼロとは言いきれないだろう?」

「ええ。ですから、確信したのは先刻、皇妃殿下からお話を(うかが)った際だと申し上げました」

「たまたま出歩いた日が同じという可能性も考えられるはずだ」

 なお食い下がる少女に、ユリウスは柔らかく微笑んだ。

「今日はワンピースなのですね」

 一見なんの脈絡もなさそうなその言葉に、ジルケはぴくりと肩を震わせる。

 服装の話題でウリカは思いだした。

「そういえば、ちょっと気になってはいたんだけど、先日は男物を着ていたわよね?」

 あの日、小太り男に放りだされて転んだジルケを助け起こしたとき、汚れを払ってやったあとで少女の姿に感じた違和感の正体がそれだ。

 ウィリアムの家に着いたあとで彼女が男物の服を着ていることに気づいたのだが、なんとなく聞く機会を逃してそのままだったのである。

 ユリウスがウリカの言葉を補足するように、フィリーネ皇妃から聞いた内容を説明する。

「四日前、皇女殿下は宮中で働く召使い(フットマン)の制服をこっそり持ちだしたと(うかが)いました。だから以降は制服を持ちだされないように管理を徹底させた。そうしたら今日は侍女の一人に服の交換を持ちかけたのだそうです」

 なるほど――と、ウリカは合点がいった。

 皇宮では、行儀見習いのために貴族の子弟が使用人として働くのも珍しくない。特に皇族が生活する後宮には上位貴族の子弟が入ることも多く、制服もそれに合わせて上等なものが用意されている。

 先日はそれを一着拝借したが、それがバレて対策を立てられてしまったから、今回は別の方法をとったというわけだ。

 自分のドレスをちらつかせて侍女をうまく(そそのか)した、というところか。皇女のドレスであれば、さぞ豪華で、侍女の目にはきらびやかに映ったことだろう。

 ジルケと同じ年頃の子であれば、誘惑に負けても不思議はない。

 あわよくば身代わりとして時間を稼ぐこともできる――ジルケには、そういう目算もあったかもしれない。

 頭の良いこの子らしい(たくら)みではあるが、同時に子供らしく無邪気で浅はかな行いともいえる。

 ユリウスが皇女の間違いを指摘する。

「服の交換に応じた侍女はもちろんのこと、知らずに貴女を城外へ連れだしてしまった商人も、処罰は(まぬか)れないでしょう」

 ジルケの顔が一瞬で青ざめた。

 いかに賢くとも、いまだ世間を知らない十歳の少女。自分の行動がどのような結果を招くか。それを想像するには経験が足りていない。

 それでも、自分の罪の深さを理解できるほどには、彼女は聡明だった。

「私は……なんと浅はかだったのか……」

 自分の愚かさに気づかされて、ジルケは顔を悔恨に歪ませる。

 瑠璃(るり)色の瞳から、ぽたり、と涙がこぼれ落ちた。

 その姿を目にしても、優しいはずのユリウスは何も言わなかった。

 臣下の立場で慰めを口にしても、気休めにもならないことを分かっているからだ。

(だから、あんなことを言ったのか……)

 馬車に乗る直前に、従兄から「頼みがある」と言われたことを思いだして、ウリカはその真意を理解した。

 ジルケに対して今まで通り接してほしい――彼はそう言った。

 ウリカがとってきた気安い態度は、皇族に対するには不敬なものだ。しかしあえてそれを要求してきた従兄は「自分が責任を持つ」とまで言った。

 第一皇子の近衛騎士として皇女を迎えに来たユリウスは、臣下としての態度を崩せない。

 だからウリカに、精神的に追い込まれるであろうジルケの慰め役を期待しているのだ。

 そこにはいくつかの狙いがある。

 ユリウスから具体的な説明はなかった。

 だが彼はウリカが自分の意向を汲みとってくれると疑っていないのだろう。

 正面に座るユリウスは「あとは任せる」と言わんばかりに、ただ従妹を見据えるだけだった。

【第七章 若者たちの小さくて深刻な葛藤】終了です。

ハインリヒ離れできそうにないユリウスのちょっと子供じみた葛藤が可愛いね(’-’*)♪

あと、無邪気に姉の劣等感を刺激する弟が書いていて以下略

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