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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第七章 若者たちの小さくて深刻な葛藤
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Ⅲ.予定外の来訪者②


 小さな少女に対し臣下の礼をとる騎士の姿を目の当たりにしたウィリアムが、眉間にしわを寄せて渋面を刻んだ。

 無理もない。厄介事のレベルが想像をはるかに超えていたのだから……。

「私は……まだ帰るつもりはない!」

 声を上げた少女に、全員の視線が集まった。

 おびえを(にじ)ませて震える声は、それでも強い拒絶を宿している。

 ユリウスの表情が鋭くなった。

「抵抗するのであれば、多少強引な手段に及んでも構わない、とアルフレート殿下からの許可は出ています」

 びくりと肩を震わせる少女の顔が青ざめる。

 ユリウスがわざわざアルフレート皇子の名を出したからだろう。

 アルフレートの騎士であるユリウスは「(あるじ)の命令に逆らうつもりはない」と言いたいのだ。

 しかも第一皇子の意向は他の皇族や高官たちの意見より優先される。

 当然ジルケの希望は通らない。

 ユリウスはさらに追い打ちをかける。

「ご自分の立場をお考えください」

 それはジルケのわがままによって生じた結果を責め立てる言葉だった。

 高い身分であるほど、その言動が周囲に及ぼす影響は大きなものとなる。それをいま少し自覚するべきだと、忠告しているのだ。

 聡いジルケはすぐにその意味を理解したが、即座には言葉を返せなかった。

「大丈夫よ」

 絶望的な表情でうつむく少女に、ウリカが優しく声をかける。

 しゃがんで目線の高さを合わせた子爵令嬢は、ジルケの顔を覗き込んで口元を綻ばせた。

「ユリウスは頭ごなしに人の行動を否定したりはしない。正直に話せば、きちんと聞いて、一緒に考えてくれる……そういう人よ」

 それが長年の付き合いのなかで抱く幼馴染みへの正直な感想だ。

 日頃から憎まれ口を叩きあっている二人ではあるが、認めるべきところは認めあうことができる――そんな間柄でもある。

 ジルケは伏せていた顔をそろりと上げる。

 子爵令嬢のものと交差した瞳は、まだ少し迷いの色が濃い。

 ウリカは少しだけ表情を引き締めた。

「厳しいことを言うようだけれど、自分のことは何も言わないまま、相手に理解だけ求めるのはフェアじゃないわ。このまま対話から逃げていても何も解決しないと、あなたなら分かるでしょう?」

 少女の背中をそっと押すように、ウリカは主張する。

 おそらく踏ん切りが欲しかったのだろう。ジルケは無言ながらも小さく頷いた。

「表に馬車を止めてありますので、本日はそちらでお送りいたします」

 少女が渋々ながらも納得するのを見て、ユリウスがそう促す。

 結局ジルケの意思を尊重しているのだから、やはりこの従兄は甘い。

「できれば私も一緒に行きたいところだけど、今日は馬で来ちゃったしなぁ……」

 落ち込んだ様子の少女が気がかりでウリカがそうぼやくと、思わぬ方向から答えが返ってきた。

「大丈夫ですよ。そのために僕が来たので」

 無感動に呟いたのはジークベルトだった。

「なるほど」とウリカは納得する。

 こういう展開を見越してユリウスはこの弟に協力を仰いだのだろう。

 ウリカがウィリアムに挨拶してから外に出ると、ジルケはすでに馬車に乗り込んでいた。

「巻き込んで悪かった。でも助かったよ」

 裏手にある馬小屋からウリカの馬を連れてきたジークベルトにユリウスが声をかける。

「いえ。信頼していただけて嬉しいです」

 無邪気な笑顔を浮かべたジークベルトは馬に飛び乗ると、ひとりで林を駆け抜けていった。

 その後ろ姿を見送ってから、ユリウスが従妹に向き直る。その表情はどこか憂いを帯びていた。

 そして神妙な面持ちで、彼はウリカに告げるのだった。

「ウーリに……頼みたいことがあるんだ」

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