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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第七章 若者たちの小さくて深刻な葛藤
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Ⅲ.予定外の来訪者①


 リンリンリン、と軽やかに呼び鈴が鳴り響いたのは、時計の針が四時を過ぎた頃だった。

 作業の手を止めて、ウリカは玄関へと向かう。

 来客に応じるのも雑用係の大事な仕事だ。

 とはいえ、この家に訪ねてくる客は、街医者のレフォルト医師か従兄のユリウスしか見たことがない。

 玄関を開けると案の定、見慣れた顔がそこにはあった。

 だが今日は連れを伴っており、そこがいつもと違っていた。

 ウリカは首をひねる。

「どうしたの、急に? ジークまで一緒にきて……」

 今日はユリウスが訪ねてくる予定はなかったはずだ。それがウリカの弟であるジークベルトまで引き連れて、いま目の前に立っている。

 ウリカが驚くのは当然だ。

 だが誠実なはずの従兄は珍しく問いかけを無視した。

「ここにジルケという少女は来ているか?」

 ウリカは驚きを深くする。

「どうして知ってるの?」

「連れてきてくれ」

 あろうことかユリウスは再び従妹の質問を黙殺して要求を突きつけてきた。

 常にはない事態に面食らうウリカだったが、従兄の表情がことのほか真剣なものだったから、おとなしく言葉に従った。

 常識人としての従兄をよく知っているからこそ、理由をいま問いただす必要がないと分かっているし、彼の態度に腹を立てるほど子供でもない。

 むしろウリカを不快にしたのは、その後の展開であったろう。

「ベルツ伯爵が来たのかっ!」

 来客を知らされたウィリアムは珍しく喜色を顔面に貼りつけて声をあげた。

 その姿にちょっとだけムッとする。

 ウリカに対して、鬱陶しそうにすることはあっても、好意的な態度はほとんど見せることのない錬金術師が、ほんの数回言葉を交わしただけのユリウスにこの笑顔とはどういうことか……。

 押しかけ弟子という自分の立場は分かっていても、妬心が(うず)くのは抑えようがない。

 しかしこんなものは序の口に過ぎないことをウリカは思い知ることになる。

 玄関に戻ると、ウィリアムの姿を認めたジークベルトがお行儀よく頭を下げた。

「はじめまして、ジークベルト・フォン・シルヴァーベルヒと申します。姉が連日に渡ってご迷惑をおかけしており、大変心苦しく思っております」

 礼儀正しく嫌味な挨拶をする弟は、悪びれた様子もなく姉へと視線を(はし)らせる。

 なんと小生意気な口か……と、黙らせてやりたいところではあったが、ウィリアムがすぐに「君がジークベルトか」と応じたため、それは叶わなかった。

「ステファン(きょう)から話は聞いているよ……優秀な魔術使いだそうだな」

 錬金術師からの褒め言葉に、しかし少年はわずかに眉をしかめた。

「確かに魔術は得意なほうですが、優秀などと持ち上げられるほどではありません」

 謙遜にしか聞こえない言葉だが、本心から言っているのだと姉のウリカと従兄のユリウスは知っている。

 ウィリアムはどこか皮肉げな笑みを浮かべた。

「自分がなぜ魔術を使えるのか、考えたことはあるかな?」

 先刻ウリカたちと交わした会話を蒸し返すような質問をウィリアムは投げかけた。

 ジークベルトを試そうというのか。

『優秀な魔術使い』などと煽てるようなことを言っておいて、ずい分と意地悪な問いかけに聞こえた。

 平凡な答えを返そうものなら、この錬金術師は鼻で笑うことだろう。

 だがそうはならないことをウリカは半ば予測できていた。

 わずかばかりに思考を巡らす素振りを見せたあと、ジークベルトはにこりと笑う。

「建国の始祖クリストフォルスの血を引いているから――そう答える人が多いのでしょうね、この国では」

「ほう……」

 ウィリアムが興味深げに目を細める。

 ジークベルトの回答は錬金術師の予想をいい意味で裏切った。

 質問の真意を的確に汲みとった上で、あえて含みを持たせる挑戦的な言い回しが、あまのじゃくな錬金術師の心には効果的に響いたのだ。

 ヒントをもらってようやく答えにたどり着けた姉とは違い、この生意気な弟はこともなげに課題をクリアしてみせたのである。

 ウリカの敗北感は深かった。

「君とは一度じっくり話をしてみたいものだ」

「光栄です。僕も錬金術には少し興味があります」

「なら、時間があるときにいつでも来るといい。君なら歓迎するよ」

「ありがとうございます。機会がありましたら是非」

 朗らかに交わされる会話をウリカは呆然と眺めていた。

 面白くない展開である。

 自分はあれほど苦労したというのに、この弟はなんだ――たった一回の問答で錬金術師の心を射止めてしまったではないか。

 (いきどお)りと嫉妬心が肥大化した結果、八つ当たりと自覚しながらも、ウリカは弟を睨みつけずにいられなかった。

 殺気を感じたのか、ジークベルトがびくりと身じろぎする。

 ユリウスが呆れた様子でため息をついた。

「盛り上がっているところ悪いが、こちらの用件を優先させてもらっていいかな?」

 柔らかい口調でそう言いながら、ジークベルトをウリカの視線から隠すように前へと出て、さりげなく場の空気を(やわ)らげる。

 安堵したように揃って吐息する子爵家の姉弟を面白そうに眺めながらも、ウィリアムは言われた通り本題に入った。

「わざわざ名指しで呼びつけたということは、彼女について何か分かったと考えていいのかな?」

 と、期待に満ちた双眸(そうぼう)で名指しされた少女を見る。

 当のジルケは相変わらずウリカの後ろに隠れて出てこようとしない。

 今ここにいるのも、ウィリアムに脅しめいた言葉をかけられたから渋々ついてきたに過ぎないのだ。

「迷惑をかけたようで申し訳ない」

 保護者のような謝罪を吐きだしたユリウスは、続く言葉で周囲を驚かせた。

「そちらの方の身元が判明したので、お迎えに上がりました」

 ウリカとウィリアムが目を見開いて緊張する。

 事前に聞かされていたのか、ジークベルトだけは顔色を変えなかった。

 第一皇子の近衛騎士たるベルツ伯爵が、子爵令嬢の後ろに隠れる少女に歩み寄り、その場に膝をついた。

「殿下から貴女をお連れするようにと(めい)を受けて参りました。ご同行願います」

 ユリウスの言動は、この小さな少女――ジルケが高い身分にあることを示すものだった。

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