Ⅱ.魔力を操る能力③
建国当初はクリストフォルスだけが使えたという魔術。
彼はいつどこでその能力を得たのか。あるいは生まれ持ったものであるなら、なぜ彼ひとりが能力を持って生まれたのか。
その理由をこの錬金術師は知りたがっている。
「言われてみれば……今まで深く考えたことはなかったですね」
「私もだ。それが当たり前のことだと思っていたから、疑問など持ったことはなかった」
子爵令嬢に続いて、ジルケも賛同するように頷く。その面持ちは思いのほか神妙なものだった。
悔恨の表情を浮かべる少女ふたりに、ウィリアムは感心する。
「二人とも察しはいいようだな。同じ話を振ってみても、多くの人間はピンとこないという反応をする。では、その要因はなんだろうか……?」
「青龍神話が浸透しているせいだろう」
即答したのはジルケだった。
同意見だったウリカは頷いて補足する。
「この国の人たちは子供の頃から青龍神話を聞かされて育つから、それが当たり前の感覚なのかと」
「青龍神話というのは?」
「青龍神話は、言い伝えのようなものです」
この国は青龍神の加護によって守られていると言われており、子供たちは子守唄の如く神話を聞かされて育つ。
「建国王クリストフォルスが国を築いた際、青龍神の祝福を受けてその加護を手にしたとも、青龍神の加護を得たクリストフォルスがその力で建国したのだとも伝えられています。その他にも、始祖クリストフォルスは青龍神の生まれ変わりだ、と言う人もいて、同じ青龍神話でも内容に枝分かれが生じているみたいですね」
クリストフォルスの特異性はこの神話に基づいて語られている。
「青龍神話はあくまで言い伝えで、歴史書などに記載があるわけではないんです。だからその内容が事実かどうかは誰にも分かりません……でも、その内容の真偽を気にする人は、たぶんほとんどいないと思います」
ウリカは思案顔で率直に意見を述べる。
その隣で、ジルケが険しい表情を浮かべていた。
「私は人から聞いた話を鵜呑みにすることだけはしたくないと思っていた。だが青龍神話に関しては今の今まで鵜呑みにしていることに気づいてもいなかった」
小さな少女は悔しそうに下唇を噛む。
ウィリアムが興味深くそれを眺めた。少しだけ、この少女に関心が芽生える。
「こうやって話してみて、ふと思ったことがあるんですけど……」
思考を巡らせながら、ウリカが疑問を口にした。
「仮に青龍神話が事実だったとした場合、この国の外からきたウィリアムさんが魔術を使えることの説明がつきませんよね?」
「いいところに気づいたな」
ウィリアムの唇が笑みの形に持ち上がり、砂色の瞳には煌めきが宿る。
少女たちの知性は、錬金術師の知的好奇心を的確にくすぐっていた。
「実は俺が生まれた大陸にも似たような神話があるんだ」
「そうなのか?」
ジルケから驚きの声が上がるが、ウリカは「やはり」と言いたげな表情を浮かべていた。
「他の国では錬金術が盛んに行われているわけだから、この国よりも魔法技術が稚拙ということはあり得ない。そうであれば魔術を扱える能力――その原点がクリストフォルスひとりとは考えがたい……」
自分の考えを整理するようにウリカはぶつぶつと呟いている。
それを横目に、ウィリアムは説明を補足する。
「俺のいた国では赤龍神話というものが伝えられている。大陸に初めて国家を築いた初代国王が赤龍神の加護を受けて不思議な力を手に入れたとされているんだ」
「なるほど。確かによく似ているな」
むう、とジルケが考え深げに目を細める。
子爵令嬢のほうは、さらに一歩踏み込んできた。
「名前といい内容といい、酷似しすぎてませんか? もしかしたら、二つは同じものから派生しているという可能性も……」
「それは十分に考えられるだろう。ついでに言えば、この世界には四つの大陸が存在していると言われている。他の大陸にも同じような神話が存在するのではないかと俺は思っているんだ」
「なるほど」と頷く少女ふたりを、ウィリアムは注意深く観察していた。
思考の柔軟性と探究心――この二人は、錬金術を学ぶのに向いているかもしれない。不本意ながら、そう評価せずにはいられないことに軽く落胆する。
それ以上に「育ててみたら面白いかもしれない」という衝動に駆られるのが、研究者としての嫌な悪癖だと自覚せざるを得なかった。