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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第七章 若者たちの小さくて深刻な葛藤
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Ⅱ.魔力を操る能力①


 そろそろ三の鐘(昼十二時の報)が鳴ろうかという頃合い。

 ウリカはすっかり見慣れた雑木林の中、馬を走らせていた。

 整備された道はスピードも出しやすく爽快だ。

 だがウリカの気持ちは沈んでいた。


 ――ステファン(きょう)には恩と……恨みがあるんだ。


 ウィリアムが放った昨日の言葉が(しこ)りとなって、ウリカの心に小さな(もや)を残している。

 あれはどういう意味なのか?

 どんな思いで口にした言葉なのか?

 その疑問が渦巻いたまま今日を迎えてしまった。

 正直どんな顔をして会えばいいかも分からない。

 そのせいで、なかなか家を出る決心がつかず、こんな時間になってしまったのである。

 重い気持ちのままウィリアム邸に到着したウリカは、軽い深呼吸をしてから玄関の扉を開けた。

 いつものように余計な物音をたてないよう気を遣いつつ工房(アトリエ)へと向かう。

 遅くなった理由をどう誤魔化そうかと思案しながら工房(アトリエ)の入口にたどり着いたところで、中から話し声が聞こえることに気づいた。

 ウィリアムに独り言をつぶやく癖はないはずだから来客だろうか――と思い、ノックをしてから扉を開ける。

「失礼します。どなたかいらしているんでしょうか?」

 そう尋ねながらそっと部屋に入る。

 そこには砂色の髪の錬金術師のほかにもうひとり、見覚えのある少女がいた。

「今日はずい分とのんびりだな……まあ、いい。君が来るのを待っていたんだ」

 ウィリアムはどこか含みのある言い方で助手である少女の遅刻を指摘したものの、今はそれどころではないといった様子で、珍しくウリカの訪問を歓迎した。

「私もウーリが来るのを待っていたぞ。この男はどうも気が利かなくていかん」

 瑠璃(るり)色の瞳を輝かせながら小さな少女――ジルケが話に割り込んでくる。

 それを錬金術師は苦々しく見つめた。

「どうしてジルケがここにいるの?」

 予想外の展開に不意をつかれて思考が混乱しそうになる。まずは状況を理解するための情報が必要だった。

 質問を受けた少女は、ひとり明るい表情で胸を張る。

「先日ここで読んだ本が面白くてな。錬金術というものに興味が湧いたのだ」

「それで見学にきた、ということ?」

「いや、ウーリと一緒に私も錬金術を習おうと思ってきたのだ。これからよろしく頼む」

 とんでもない爆弾を落として、ジルケは無邪気に笑う。

「了承した覚えはない」

 苦虫を噛みつぶしたような表情でウィリアムが即座に否定した。とはいえ、無下に追い返すわけにもいかずウリカの到着を待っていた、ということらしい。

 いったい何時間この少女と二人でいたのだろうか……ウィリアムの顔には明らかな疲労が(にじ)んでいた。

 ウィリアムの発言が原因とはいえ、遅くなったことを申し訳なく思ってしまう。

「先日あれから、この子の素性は分かったのか?」

 ウィリアムが暗い表情でそう尋ねる。

 それを聞きたくて、ずっとウリカが来るのを待っていたのだろう。

 しかし残念ながら質問者の望む答えは持っていない。

 正直に「(いいえ)」と答えると、錬金術師の口から深いため息がもれた。

「今日はベルツ伯爵は来るのか?」

 と、どこか(すが)るような視線を向けられると、()われなき罪悪感が頭をもたげる。

「いえ……その予定はないです」

「そうか……」

 妙に後ろめたい思いを抱えながら返答すると、ウィリアムはいよいよもって項垂(うなだ)れてしまった。

 先日のやりとりでジルケが平民の子ではないと彼も勘づいていたはずだ。

 だから彼女のことをユリウスに相談したいのだろう。

 ウィリアムの気持ちは痛いほど分かる。しかし――

(落ち込んだ姿がちょっと新鮮)

 なんて、不埒(ふらち)な感想も抱いてしまうウリカであった。

「とりあえず、今は考えていても仕方ないですし、私が帰る頃合いにまたどうするか考えましょう?」

 ウィリアムの周囲に渦巻くずっしりと重い空気。

 ジルケがまとうフワフワと浮わついた空気。

 落差がすごいな、と思いながら、ウリカは可能な限り明るく振る舞った。

「そろそろお昼だし、昼食の用意をしてきますね」

 きっと空腹がいけないのだ。ご飯を食べてお腹が膨れれば前向きな気持ちにもなれるはず。

 そうだ。そうに違いない。

 そう信じたい……。

 祈るような思いで台所へ向かうウリカの後ろを、ウィリアムとジルケがそれぞれの心情を表すような足どりでついてくる。

「前途多難だなぁ」と苦笑を浮かべながらも、ウリカは少しほっとしていた。

 ジルケという存在のおかげで、昨日のことを意識せずに済んでいる。

 ウィリアムと普通に会話できていることが、今はなによりも有り難かった。

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