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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第六章 引きこもり公爵 VS 元公爵
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Ⅲ.怒りの矛先②


 皇族専用の裏口から謁見の間を出たアルフレートは、怒りに満ちた表情で自室に向かっていた。


 竜胆(りんどう)の花を模したボタニカル柄の壁が機械的に横移動(スクロール)していくのを視界の端に捉えながら、乱暴な足どりで床を弾いていく。


「お待ちください、殿下」


 後ろからユリウスが追いかけてきた。

 普通に歩いているくせに、早足の自分にいとも簡単に追いついてくるのが嫌味くさい。

 何を言おうとしているのか想像がつくだけに、追いつかれるのは余計に気にくわなかった。


「ヴァルテンベルク公爵の処罰に関して、聞いていただきたいことがございます」


 騎士の言葉を耳にして、アルフレートの足がピタリと止まる。


「お前も、俺が下した処断が不服か?」


 振り返らぬまま静かに問いかける声は、思いのほか低くなった。


「不平不満の問題ではなく、もっと根本的なことです」

「何が言いたい?」

「殿下のお怒りは分かります。ですが、個人的な感情にヒルデスハイマー家の者を巻き込んではいけません」

「個人的……?」


 握りしめた拳に力が入る。

 向けられた言葉がひどく不快で、抑えようとしていた怒りが再び爆発するのを感じた。


「俺が八つ当たりしているとでも言いたいのか!?」


 弾かれたように振り向いて、騎士の顔を睨みつける。

 怒鳴りつけられたユリウスの表情は、(あるじ)の感情と反比例するように落ち着いていた。


「殿下は何に対して怒っておられるのですか?」


 それは思ってもみない問いかけだった。

 同時に、何を当たり前のことを、と(いきどお)りも覚える。

 だがアルフレートが返答するより早く、ユリウスが言葉を続けた。


「公爵の不正ですか? 彼の態度ですか? この国の体制そのものですか? ……それとも、ご自分の境遇ですか?」


 アルフレートの肩が震える。


 とてつもなく意地の悪い質問だった。

 この騎士は回答を知った上で、あえて聞いているのだ。


 それが本当に()()()()()なのか、と……。


 個人的な感情だと言われて激昂(げっこう)したのは、図星を指されたからに他ならない。

 ユリウスはアルフレート自身が自覚していることに釘を刺そうとしているのだ。


「……あの公爵は、血によって家督を継いだだけの盆暗(ぼんくら)だ。ただ公爵家の長男に生まれただけの――」

「そうですね。殿下や私と同じように、ただ長男として生まれてきただけです」

「なっ……!」

「間違っておりますか?」


 アルフレートは押し黙る。


「それが今現在の……この国の在り方です」


 確かにユリウスの言う通りだ。

 有能無能に関わらず、家督は長男が継ぐ。それが基本ルールだ。


「それでも、俺は納得がいかない。あんな無能で愚劣な男が公爵で、一地方を治める領主であったなどと……確かに公爵家に生まれたのは奴自身の責任ではない。だが贅沢を(むさぼ)って生きてきた以上、果たすべき責任があるはずだろう!」


 責任を自覚することもなく、権利ばかりを主張する。その姿勢が、身近にいる大嫌いな人物と重なって、どうしても許せなかった。


「自身の立場と責任に十分な自覚をお持ちだからこそ、殿下は誰よりも厳しくご自分を律していらっしゃいます。だからこそ、こんなところで私怨(しえん)に駆られては、これまで(つちか)ってきた努力を自ら否定することになってしまいます」


 辛抱強く諭し続けるユリウスの言葉が、交わす(たび)に自分の思考に浸透していくのが分かる。

 押しつけの主張ではなく、あくまで冷静に、しかし論理ではなく感情に訴えるような声音(こわね)が、アルフレートの心を少しずつ脱力させていくのだ。


「……分かっている。これは俺個人の怒りで、公正なものではない」


 アルフレートは深く大きな呼吸で息を吐きだした。


「感情的になって悪かった。お前の言う通り、私情を挟んで処断すれば、それはただの私刑になってしまう。危うく俺自身が大きな罪を犯すところだった。礼を言う」


 間違いを認めて謝罪すると、ユリウスが安堵した様子で頭を下げた。


「とはいえ、あの男(ザムエル)に対する処罰を変える気はないぞ」

「公爵閣下ご自身への処罰はあれでよろしいかと思われます。ただ、ヒルデスハイマー家への裁可はご再考いただきたいと存じます」

「そうだな。あとでディルクハイムにも意見を聴いておこう」

「それがよろしいかと」


 諫言(アドバイス)はしても深くまでは踏み込まない。

 ユリウスの姿勢は相変わらずだ。

 しかし、この(かたく)なな線引きは、アルフレートが自分を律しようとする姿勢と、もしかしたら同じなのかもしれない。

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