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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第七章 若者たちの小さくて深刻な葛藤
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Ⅰ.視点を変えて②


 市民街の東側。外壁に沿って雑木林が広がる一角にウィリアムの住む家がある。

 国有地でありながら整備もされずに放置されていたその一帯を、十年ほど前にステファンが買いとったらしい。

「シルヴァーベルヒの小僧が奇行に(はし)った」と、当時は多くの貴族たちが揶揄(やゆ)したのだとか。ユリウスが生前の父から聞かされた話だ。

 錬金術師の家は雑木林のほぼ中央に位置しており、そこから北と西に向けて道ができている。馬車一台が余裕で通れる程度に整備されているのだ。

 ベルツ家の馬車は北へと向かう道をゆっくり進んでいた。

 馬車の中、進行方向を背にして、ユリウスは従妹の少女と向かい合っている。

 この日の話題はヴァルテンベルク公の不正問題に関するものだった。

 ウリカがことの顛末(てんまつ)を知りたがったためである。

「……それで、結果的に公爵様の処分はどうなったの?」

「公爵自身は全ての爵位を剥奪され、ヒルデスハイマー家に関しては伯爵に降格のうえ、財産の半分を没収。さらに三代先まで昇格を禁ずると通告がなされた。当然、領地は国に返還されることになるから、近日中に領館を引き払うようにとの命令も出されたよ」

「そっか……じゃあ、ヒルデスハイマー家は連帯責任を問われはしたけど、最低限の情状酌量はあったということなのね」

 言いながら、ウリカは眉根を寄せる。

 何か納得いかないものがある(ふう)だった。

「気になることでもあるのか?」

「う~ん……どうなんだろう? 話を聞いただけじゃあ何とも言えないけど、カルステン様にしては積極的(アクティブ)すぎる気がして」

 彼女の疑問は的を射ている。

 ユリウスとしても、ヒュッテンシュタット公カルステンの言動には、いくつかの違和感があった。

 有能ではあっても面倒くさがりな性格が災いして才能を食いつぶしてきた人、と評するのが妥当な人物だ。それ(ゆえ)に自分から仕掛けるような真似はしないと思っていた。

 ところが今回の件では、明らかにカルステンのほうから相手を挑発するような行動があった。それが不自然に思えて、ユリウスも一度だけ探るような視線をカルステンに送ってしまったのである。

「でも、それを追及すると、余計なものを引っ張りだしてしまいそうな気がして、はっきり言ってイヤな予感しかしないのよね……」

 眉間にしわを寄せて唸るウリカの気持ちはよく分かる。

 ユリウスも同様の考えに至ったからだ。

 (やぶ)をつついてもいいことはなかろう――そう感じたから、この件に関しては深く考えるのをやめてしまったのである。

 触れたくない話題に発展したせいか、二人はそろって口をつぐみ、場には静寂が訪れた。

 そのまましばらく、ユリウスは流れていく景色をただ茫然と眺めた。

 馬車は東門をくぐり、貴族街へ入ろうとしている。

 無言のままでも気まずくならないのは互いの気心がしれているからだろう。幼馴染み特有の空気がそこには漂っていた。

 しかしいくらもしないうちに、その沈黙は破られる。

 従妹の少女がとんでもない爆弾を投下してきたからだ。

「そういえば、ユリウスは今ハインリヒから『いじわる』されてるのよね」


 ごんっ!


 あまりの不意打ちに、思わず頭を馬車の窓枠にぶつけてしまった。

「唐突に何の話だ?」

 痛む頭をさすりながら、険を帯びた視線を従妹に向ける。

 幼馴染みの少女は悪びれる素振りもなく笑って答えた。

「今朝、カタリーナ伯母様がそう言っていたの」

 ユリウスは頭を抱える想いで額に手をあてた。

 よくも余計なことを言ってくれるものだ――母親への愚痴が胸中で渦を巻くが、薮蛇(やぶへび)になるのが分かりきっているから直接文句を言える気もしない。

 しかも従妹の言い分には続きがあった。

「それでね。ハインリヒが言うには、ユリウスが何か隠し事をしてるって……」

 ユリウスの口から深いため息が吐きだされる。

 その胸中にあるのは、やはり、という思いだけだった。

「その様子だと、ハインリヒに気づかれてるってことは、ユリウスも分かってたのね」

 従妹から的確な指摘を受けて、ユリウスは観念せざるを得なかった。

「一度機会を逸しただけで、謝りづらくなるものだな……」

 正直に自らの失態と後悔を告白すると、ウリカは目の前でうんうんとしきりに頷いた。その表情には何やら実感がこもっている。

「気持ちは分かるわ……」と応えるウリカは、経験者の表情で従兄に忠告してきた。

「けど、いつまでも今の状態のままというわけにはいかないんじゃない? あの様子だと、ハインリヒから折れるつもりはないみたいだし」

 そんなことは言われるまでもなく承知している。だが正論には違いないから、反論のしようもなく、ユリウスはただ黙り込んだ。

 子供じみた感情だと分かってはいる。

 自分自身に甘えがあることも自覚していた。

 それでもあと一歩の踏みだし方が分からない。

「参考までに聞いておきたいんだが……」

 仕方なく、経験豊富そうな従妹に意見を聞くことにした。

「ウーリはこういうとき、どんなふうに話を切りだすんだ?」

「そうね……まず、謝る!」

 ウリカの回答は明快だった。

 一番のハードルをまず越えてしまおうという思いきりのよさが何とも彼女らしい。

「最初に『ごめんなさい』って言っちゃえば謝罪の理由を話さざるを得なくなるし、だから決心も固まりやすいでしょ?」

「背水の陣に自分を追い込むわけか。確かに効果は高そうだな」

 ユリウスは苦笑する。苦味成分が強めの笑い方だった。

「効果は抜群よ。それは私が保証するわ……それで、ユリウスはどんな隠し事をしたの?」

「なんで話がそこにシフトするんだ? ウーリには関係ない内容(こと)だろ?」

「あら。関係ないからこそよ。ハインリヒ本人に話すよりはハードルが低いでしょ。本番前の練習だと思って話してみて。決して興味本意で聞きたがっているわけじゃないのよ」

 と、余計な一言を添えて力説する。素直に受けとるには、彼女の瞳が爛々(らんらん)と輝きすぎていた。

 とはいえ、建設的な意見であることは否めない。

 ここはおとなしく忠告に従うことにしよう、とユリウスは覚悟を決めた。

「半月ほど前に、さる侯爵からハインツを譲ってくれないかという手紙が届いたんだ」

「引き抜きか……ハインリヒの優秀さを考えれば、うなずける話ね。それで? 手紙を受けとったあと、どうしたの?」

「……断ったんだ。独断で」

 目を逸らしつつ白状すると、彼女は「なるほど」と納得したような声音で呟いた。

 身分の高さがそのまま優位性を示す貴族社会。必ずしも使用人自身に意向を問う必要はない。 

 事実、使用人の意思を無視する貴族は多い。

 だがそれは、そうする権利があるというだけで、不誠実な人間性をさらす行為でもあった。

 それこそ、ベルツ伯爵らしくない行いといえるだろう。

 何より、ユリウスの性格で良心が咎めないはずがない。

 それを理解した上での「なるほど」である。

 気まずく視線を逸らし続けるユリウスを見て、ウリカは小さく笑う。

 そして、思わぬことを口にした。

「ハインリヒの気持ちが少し分かったような気がするわ」

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