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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第六章 引きこもり公爵 VS 元公爵
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Ⅳ.街の有名人③


 王都ドルトハイム。

 その北側に築かれた壁は、皇宮(おうきゅう)と貴族街を含むいわゆる大都市圏を囲っている。

 内壁と外壁の間に市井(しせい)の民が暮らす市民街があり、畑や牧場が点在する郊外は壁の外にあった。

 それだけに同じ平民であっても、市民街の中と外ではその暮らし向きに大きな違いがある。

 畑や牧場では野菜や小麦、肉用の家畜など、食糧の生産が(おも)になる。いわば生きる上で最低限必要になるものを作りだす役目を負っている。

 これに対して市民街では、鍛治、建築、裁縫といった、技術者が大半を占める。こちらは人々の生活に利便性や(いろど)りを与えるのが(おも)な役割といえるだろう。

 そしてそんな職人たちの生活を支えているのが、食糧や各種素材を調達して販売する者たちだ。

 そんな商売人たちの主戦場、商店通りへとウリカたちは来ていた。

 ちょうど活気づいてくる時分。通りは多くの人で(にぎ)わっている。

 人波のなかで、ウリカは錬金術師の知名度を目の当たりにしていた。


「あら、ウィル先生。いらっしゃい」

「研究の進み具合はどうですか、ウィル先生」

「この間ウィル先生から頂いたお薬で、主人がすっかり元気になりましたよ」

「今日はオススメの果物があるんですよ。ウィル先生になら、少しお安くしておきますよ」


 行く先々で声をかけられるうえに、好意的な声ばかり聞こえてくる。

 だがそこは、ウリカも負けてはいなかった。


「こんにちはウリカ様」

「あら、今日は動きやすそうな格好をされてますね」

「最近姿を見ませんでしたけど、お元気でしたか?」

「そんな髪型も可愛らしくていいですね、ウリカ様」


「ウィリアムさん、街の人たちに馴染んでますね」

「君、市井(しせい)の人とずいぶん親しげだな」

 二人は声を合わせるように同種の感想をもらしていた。

「ウィリアムさんは変わり者だと聞いていたので、街の人たちから敬遠(けいえん)されているのかと思ってました」

 ウリカは率直な感想を吐露(とろ)したが、対するウィリアムの見解は実にひねくれていた。

「君が驚天動地(きょうてんどうち)な変わり者であることは知っていたが、市井(しせい)の民にはそこまでの認識がないらしい。貴族と一般庶民の意識がそれだけ乖離(かいり)しているということか……興味深いな」

 研究者らしい分析……と言いたいところだが、驚天動地とまで言われるとさすがに納得がいかない。

 憮然と顔をしかめるウリカだが、ウィリアムは少女が浮かべる表情に無頓着だった。

「そういえば、君が初日に押しかけてきたとき、少し気になったことがあるんだが……」

「何ですか?」

 ブスっとしたままウリカは応じた。

 ウィリアムの前で感情が駄々もれていても今さらだ。もういいや――と、ちょっと気持ちは投げやりだった。

「君は、家にある本で基礎は身についていると言っていたが、それなら、市井(しせい)の学校に通う意味はどこにある?」

 ウィリアムの問いかけに、なるほど、と思った。

 市井(しせい)の学校では基礎しか教えていないからだ。

「学校に通っているのは、市井の生活を学びたいからです」

 そう答えると、錬金術師は砂色の目を眇めた。

「学んでどうする? 貴族令嬢の君がそれを知ったところで、何ができるわけでもないだろう」

 ウィリアムの意見は辛辣(しんらつ)だった。

 貴族令嬢など、どうせどこかの貴族に嫁ぐしか能がないくせに――そう言われた気がした。

 こういうとき、ウィリアムからは刺を感じる。

 自分は嫌われているのだろうか、と思えて悲しくなるのだ。

 だが彼のこうした態度が、もっと根本的なところからきていると知るのに、それほど時間はかからなかった。

「あら、ウリカ様とウィル先生だなんて、珍しいとり合わせですね。ウリカ様がウィル先生のところに弟子入りしたって話は、本当のことだったのね」

 野菜売りの夫婦の店に顔を出すと、夫人のほうにそう声をかけられた。

 いつもはつらつとしている彼女は、ウリカと馬があう人物だった。

「ウィリアムさんって、この街では顔が広いんですね」

 折角なので話し慣れている女将(おかみ)さんに、気になっていた話題を振ってみることにした。

「ウィル先生はあたしたち街のもんが困ってると必ず助けてくれるものでね」

「どうして『先生』なんですか?」

「病気になったとき、よく効く薬を作ってきてくれるから、みんな自然とそう呼ぶようになったんですよ」

「でも、錬金術で作ったお薬は高いと聞いたことがあるんですけど」

「ウィル先生は材料費だけでいいと言ってくださるんですよ。だから下手なお医者にかかるよりずっと安く済むんです。まあ、そうはいっても、ウィル先生も研究でお忙しい身だからね。重病のときだけお願いしてるんですよ」

 ひと通りの話を聞いたウリカは、感心する一方で疑問も感じていた。

 聞いた限りでは、街医者もウィリアムに薬の調合をお願いすることは珍しくないらしい。

 そのぶんもすべて材料費代しか受けとっていないという話だ。

 だがそうすると、街で評判の錬金術師の噂を宮廷や社交界で耳にしないのはなぜだろう。

 その疑問を口にすると、旦那さんが笑って答えた。

「ウィル先生は貴族がお嫌いだから、貴族や貴族の御用商人からの依頼は受けないんですよ」

「あんた、ウリカ様の前ではっきり言うことないでしょ」

 女将さんにたしなめられた旦那さんが、すまんすまん、と気さくに笑い返す。

 この砕けた雰囲気がウリカは好きだった。

 貴族を嫌っている――その情報で、ウィリアムがこれまでに見せてきた、ウリカたち貴族への疎雑(ぞんざい)な態度の理由は分かった。

 しかも彼が内包するその感情は、根が深いものではないかと想像できる。

 錬金術の研究にはかなりの費用がかかると聞いている。

 貴族階級を市場(しじょう)に選んだほうが、提供できる品の数は比べものにならないくらい多く、資金調達もずっと楽なはずだ。

 医療関係のものは貴族社会でも需要が高いし、珍しいものを手に入れるために大金を積む珍品コレクターだって存在する。

 そんなおいしい市場(しじょう)をあえて避けるなんて、無駄を嫌い効率を求めるウィリアムらしくない意地の張り方だと思えたのだ。

 つまりそれだけ、貴族に対する負の感情が働いているのだろう。

 だがそれはそれで、また別の疑問が生まれる。

「貴族のことを良く思っていないのに、どうしてお父様の支援を受けているんでしょう?」

 ウィリアムの性格上、嫌って避けるのならばもっと徹底していそうな気がしたからだ。

 子爵令嬢が本人に向けて放った無遠慮な質問に、錬金術師は少し心外そうな表情を浮かべた。

「貴族の体質が好きになれないだけで、貴族階級にいる者すべてを闇雲に嫌っているわけじゃない……けど、そうだな。俺にとってステファン(きょう)は少し特別なんだ……昔から」

「昔から?」

 ウリカが首を傾げる。

 そういえば以前「先代のベルツ伯爵に会ったことがある」と言っていたときにも『昔』という言葉を使っていた気がする。

 違和感があった。

 ウィリアムがこの国に来たのは昨年のことだと聞いている。昔、と表現するにはあまりに期間が短い。

 ウリカの抱いた疑問に気づいているのかいないのか、ウィリアムは視線をどこか遠くへと泳がせて言葉を続けた。

「ステファン(きょう)には、恩と……恨みがあるんだ」

 ぽつりともらしたその声は、穏やかとも思えるほど、とても静かに響いた。

【第六章 引きこもり公爵 VS 元公爵】終了です。

内容をまとめるのが大変だった回。

引きこもり公爵は気づいたら何かそんな設定になっとりました(*’ー’*)ノ

ちなみにウィリアムの『鳴かない胃袋』は私の身内にモデルがおります。

※プレスブルク皇国の貴族制度はオリジナル設定です。念のため

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