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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第六章 引きこもり公爵 VS 元公爵
54/133

Ⅳ.街の有名人②


 この人は自分の状態を分かっていないのだろうか――そうウリカは疑った。

 研究に躍起になって寝てないと言っていなかったか……。

 それがなぜ出かけようという話になるのか、ちょっと理解が及ばない。

「不眠状態じゃないですか。少しは寝なくちゃダメですよ」

 ウィリアムの充血した目を覗きこんで、ウリカが渋面を作る。

「一晩寝てない程度で死ぬわけでもあるまい」

「本当に寝ていないのは一晩だけなんですか? 昨日もちょっと目が赤くなってた気がするんですけど」

 ジト目で問いかけると、錬金術師はすっと視線を逸らした。

 図星らしい。

 これだから研究者という生き物は目が離せないのである。誰かが注意しなければ平気で無理を続けるのだから。

「倒れてから君が来るまでの間は寝ていたぞ」

「そういうのは屁理屈というんですよ」

 子供か、と言わんばかりに睨みつけると、ウィリアムは投げやりに両手を上げる。

「分かった分かった。君が帰ったらちゃんと寝るよ。それでいいだろう?」

「それだと夕方過ぎになってしまいます。今すぐ、ちゃんとした睡眠をとってください」

「それでは、君が来た意味がなくなるだろ」

「え……?」

 意表をつくことを言われたウリカが目を丸くする。

 まさか、気を遣っているのだろうか? この人が?

 子爵令嬢は思わず首をひねる。

 刺々しい態度をとっていたかと思うと、不意にこうした優しさを見せる。

 だから余計に本心が読めなくて困るのだ。

 反応し損ねて戸惑っていると、ウィリアムに怪訝な顔をされた。

「どうしたんだ?」

「いえ……ウィリアムさんって、本音が読めなくて厄介な人だなぁ、と思っただけです」

 嫌味をない()ぜながらも正直な気持ちを吐きだすと、錬金術師がにやりと笑う。

「子供に易々(やすやす)と心情を悟られるようでは、大人として立つ瀬がないからな」

 ウリカはムッと顔をしかめた。

「その子供をからかって楽しむなんて大人げないと思うんですけど」

「早く大人になるための経験値だと思えば、腹も立たないんじゃないか?」

 ウィリアムがふっと鼻を鳴らす。

 だから君はまだ子供なんだ――そう言われた気がして、ウリカはいよいよ膨れっ面になった。

「減らず口……」

 口を尖らせて呟いたときである。

 前方から吹きだすような吐息が聞こえて、ウリカは反射的に視線を上げる。

 テーブル越しに睨み据えた先には、笑いを堪える錬金術師の顔があった。

「何がおかしいんですか?」

「いや、ずいぶんと表情豊かな令嬢だな、と思ってね」

 ウィリアムの指摘に、少女の眉間がぴくりと震えた。

「感情が顔に出すぎだろう。貴族の令嬢として、それは大丈夫なのか?」

 錬金術師はからかい口調だったが、ウリカはそれを笑って受け流すことができなかった。

 だって感情が駄々もれていては、思惑渦巻く社交界で不利になる。

「私、そんなに顔に出てました?」

 思わず自分の頬を両手で押さえる。

「ああ。初日から、見ていて飽きない百面相っぷりだったぞ」

 そう聞いて、ますますショックだった。

 気の置けない相手以外には本音を悟らせないように気をつけてきたはずなのに、ウィリアムに対しては初対面から感情を無防備に(さら)していただなんて……。

 しかも指摘されるまでそのことに気づかなかった。

 それだけ無意識に気を抜いていたということなのだろう。

 ウリカとしては、それが不思議でならなかった。

「なんでだろう……ウィリアムさんとは何故か初対面って感じがしないんですよね」

 素直に思ったことを口にしただけだった。

 しかしウィリアムは笑みを消して、どこか神妙な面持ちになる。

「? どうかしたんですか?」

 ウリカが不思議そうに首を傾げて尋ねるも、彼はふいっと視線を逸らした。

「いや、なんでもない。買い物に行くから出かける準備をしておけ」

 素っ気なく答えて、使用した食器を台所(キッチン)へと運ぶ。

 これまでにも急転直下に態度を(ひるがえ)すことはあった。

 しかし今回は、どこか意味深長な感じがして、ウリカは深い困惑に襲われるのだった。

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