Ⅱ.メッキをはがす失言①
静謐な空気が漂うはずの謁見の間で、ザムエルは息を詰めていた。
まだ決定的な事態に陥ったわけではない。
ヒュッテンシュタットの小僧が好き勝手を並べ立てているだけではないか。
それなのに何故だ――なぜ自分は、周囲から訝しげな視線を集めているのだ……。
針のむしろにいる心地がして、ザムエルに焦りが生まれる。
とにかく何か言い返さなくては――その焦燥感で彼は声を張り上げた。
「出任せだ! 己が罪から逃れるためのデタラメを言っているのだ!」
顔を真っ赤にしてザムエルが主張すると、カルステンは生意気に目を眇めた。
「あくまで私がオットマールと手を組んで、ヴァルテンベルクの公金を横領したと言いたいのか?」
「その通りだ! そうに決まっている!」
「何のために? ただ上納金を横領するだけなら、他家の管理人を唆すより、自分の領地でやったほうがよほど手っとり早いと思うが」
ヒステリックな反論に、冷静な論理が反射する。
ザムエルは勢いを削がれて声を詰まらせた。
「そ、それは……」
背中に冷や汗が伝うのを感じながら「落ちつけ」と自分に言い聞かせる。
「バレたときに、私に罪を着せられるからだ!」
「そうであるなら自ら告発などするわけがない。メリットがないと思うが」
「それ、は……」
主張が一瞬で打ち砕かれ、苛立ちで血管がどうにかなりそうだった。
目が泳ぐこと数秒――ザムエルがはっと顔を上げる。
「思いついた!」と叫びそうな風情だった。
「そうだっ、私を貶めるつもりで――」
「何のために?」
しかし間髪いれずに返されて、びくりと肩を震わせる。
「貴公を追い落としたところで、同じ公爵位にある私自身の地位が上がるわけでもなかろう。わざわざ領地管理人を利用するなどという回りくどいことをしてまで、貶めようとするメリットはどこにある?」
カルステンは殊更メリットを強調する。
それだけで相手を追い込むことができると分かっているからだ。
嘘をついている以上、よほどの理論武装でもしていない限り、ザムエルが合理的整合性を見いだすことは不可能だろう。
カルステンとしては相手の矛盾点を突いてやればいいだけなのだから、何も難しくはない。
言葉を重ねるほどに、薄っぺらいメッキはぼろぼろとはがれ落ちていく。
ザムエル・ヒルデスハイマーはそれに気づけないまま、悪あがきを続けていた。
すべてはカルステンの思惑通りだった。
そして、形勢不利を悟った元公爵は、ついに方針を転換してきた。
「ならばオットマールが単独でやったのであろう。悪事がバレて私に罪を擦りつけようとしているのだ。そんな嘘に簡単に惑わされるとは、恥を知れ!」
ザムエルはカルステン犯人説を諦めて、オットマールの単独犯行の路線に切り替えた。
最後につけ加えた余計なひと言には、カルステンに何らかの汚点を負わせようとする必死な思いが見えるようだった。
「オットマールについては最初に調査を済ませている。ヴァルテンベルク領以前の働き先についても調べ、雇用主や他の使用人たち、さらに彼の故郷でも複数人からの証言を集めた。それら五十人以上の証言をまとめた書類は、刑務官府に提出してある。彼が自らの意思で不正を働くような人物ではないと判断した上で、私はヴァルテンベルク領に赴いたのだ」
余計な言説ごと一蹴してザムエルを睨んだカルステンは、最後の仕上げにかかる。
「その上で聞きたいのだが、私が貴公に事情を尋ねた際、詳細も告げぬまま買収を持ちかけたのは何故だ? 自分が関与していないと言い張るのなら、そう説明して私に協力を仰げば良かっただろう」
「し、知らん! 買収などした覚えはない!」
「確かに、買収に関しては私と妻の証言しかなく、証拠能力としては弱い。だが、ならば何故ヴァルテンベルク領からの帰り道で、私たちは襲われねばならなかったのか?」
「そんなこと、私が知るはずもなかろう! 金品目当ての野盗にでも襲われたのではないのか!?」
「それはおかしいな。襲撃者を五人ほど捕らえて事情を聞いたら、口を揃えて言っていたぞ。ヴァルテンベルク公爵に命じられてやった、と」
ザムエルの顔色がさっ、と変わった。
「その襲撃者たちもすでに刑務官府に引き渡してある」
「馬鹿な! そんなはずはない!」
「何故だ?」
「失敗したときは自害するように命じたはずだ!」
叫んでから、ザムエルがはっと我に返る。
カルステンは表情を変えないまま、内心でほくそ笑んだ。
(その失言を待っていた……)
獲物を前にした捕食者のごとく、引きこもり公爵の瞳は不穏な色に輝いていた。




