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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第六章 引きこもり公爵 VS 元公爵
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Ⅱ.メッキをはがす失言②


 たったひとつでよかった。

 ザムエルの嘘を証明する失言がひとつでも出れば、他のすべての言動に信憑性がなくなる。

 ザムエルは合理的論争で惨敗し、その形勢は不利だった。

 嘘に嘘を重ねることで整合性は失われ、信憑性が薄れていく。

 そんな中で自ら嘘を認めるような発言をすればどうなるか――その答えが今、目の前にある。

 二人の言いあいを聞いていた官たちは、一様に白い眼をザムエルへと向けていた。


 ――そのひとつが嘘なら、他の言葉もすべて嘘なのではないか?


 場にいる者たちは、そう思ったことだろう。

 人は存外、他者への評価を印象で決めてしまいがちだ。

 この人物は嘘をつく――そう強く印象に残れば、以降の評価もその影響を受けやすくなる。

 いま場にいる者のほとんどがザムエルに「嘘つき」のレッテルを貼ったはずだ。

 しかも彼は、嘘の証明のみならず罪の告白までしてしまった。

 それはカルステンによる印象操作との相乗効果も高く、わずかに残っていた抜け道をも完全に失う形になったのである。

「いや、これは……違う……」

 青ざめた顔を引きつらせながら、元公爵は消え入りそうな声をだす。

 先ほどの言葉をどうにかして取り消せないものかと、必死に思考を巡らせているのだろう。

 しかしこの謁見の間で一度吐きだした言葉を揉み消すのは不可能だ。

 ここでの会話の内容は、数人の書記官がすべて記録している。

 それは公式の記録として厳重に保管され続けることになるのだ。

 ザムエルに言い逃れる(すべ)はすでにない。

 一連のザムエルの言動はカルステンの想定を越えなかった。

 問答の主導権は常にカルステンが握り、話の方向性をコントロールし続けた。おかげで効果的に相手を追い込むことができたのである。

 この結果に一役(ひとやく)買ったのが、ディアーナの「元公爵」呼びだった。

 ザムエルの矜持(きょうじ)を傷つけ、怒らせることで冷静さを失わせる。

 これにアルフレート皇子が乗っかり、哀れな元公爵は平静をとり戻す機会を失った。

 冷静さを欠いたザムエルを質問攻めで追い込み、嘘を上積みさせて焦りを煽る。

 トドメに、相手の知らない情報を暴露(ばくろ)して混乱へと突き落とした。

 その末に出たのが、あの失言――。

(もっと慎重な奴が相手だったら、こうもうまくは運ばなかっただろうな……)

 元公爵の愚かさに感謝しかけて「いや……」とカルステンは顔をしかめる。

(奴が愚かだったせいで、俺がこんな面倒まで背負(しょ)いこむ羽目になったんだ)

 理不尽な憤りを感じて、怠惰な引きこもり公爵は歯噛みした。

 ザムエルの最大の失態は、情報が不確かなまま軽率に動きすぎたことだった。

 あの日ヴァルテンベルク領に(おもむ)いたカルステン一行は、わずか三人だった。

 カルステン、妻のディアーナ、それに御者――そのたった三人、という数字を無邪気に信じて、ザムエルは軽はずみな暗殺を(くわだ)てたのだ。

 しかしその三人は、ヒュッテンシュタット領で五本の指に数えられる精鋭だったのである。

 狩猟を趣味とするカルステンは、一通りの武術を身に付けている。狩猟慣れしているぶん野戦にも強かった。

 ディアーナはヒュッテンシュタット領の地方軍を統括(とうかつ)する軍人でもあり、剣術はもちろんのこと、優秀な魔術の使い手でもある。

 そして御者を務めていた男は、ディアーナとともに地方軍を率いる将軍の一人だったのだ。

「黒い噂の絶えないヴァルテンベルク公爵の本拠地に乗り込むのだから、用心が必要でしょう。ただ、複数の兵を引き連れていけば、それはそれで無用な警戒を与えてしまうかもしれない」

 そんな助言に従っての人選だった。

 今にして思えば、とんだ口車だったな、とカルステンは後悔する。

 あの襲撃さえなければ、自分の手でザムエルを叩き(つぶ)してやろうとまでは考えなかっただろう。

 本来なら面倒くさいことは極力避けようとする性分のカルステンである。命を狙われたことで、防衛せざるを得なくなった、というのが本音だった。

 結果的にザムエルは墓穴を掘ったわけだが、その状況を誘発しようとした『誰かさん』の思惑に、カルステン自身も乗せられてしまったのだ。

 これが後悔せずにいられるものか……。

 表情に目一杯の「不納得」を貼りつけて、引きこもり公爵はザムエル・ヒルデスハイマーの体たらくを眺めやった。

 失敗の原因を自覚できないまま、元公爵ははくはくと口を動かし、苦しい言い逃れを途ぎれ途ぎれに吐きだそうとしている。

「ち、違う……私は……こやつらに……そう、こやつらに脅されたから……身を守るために、仕方なく――」

「もう()い!」

 ザムエルの言い訳を、怒りに満ちた声が遮った。

 ここまで口を挟むことなく静観していたアルフレート皇子が、柳眉を逆立ててザムエルを睨みつける。

 (すみれ)色の双眸(そうぼう)は、激しい怒りを(たた)えて大きく揺らめいていた。

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