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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第五章 好奇心のはてに
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Ⅳ.苛烈の皇子③


 鳶色(とびいろ)の長い髪を後ろで一本にまとめた四十歳前後の男が、薄茶の瞳でちらりと公爵を見ながら近づいてくる。

 その隣には、黒い軍服に身を包んだ女性の姿があった。

 金の髪は短く、琥珀(こはく)色の瞳が凛々しくつり上がっているせいで、少年のような風貌ではあるが、しなやかな凹凸(おうとつ)が女性特有の色気を感じさせる。

 勝気な雰囲気を漂わせる女性は、三十代半ばのはずだが、ぱっと見はもう少し若く見える。

 ヴァルテンベルク公爵にとっては想定内の二人だ。

 しかしその後ろに続く三人目――暗い表情で入ってきた男の姿に、公爵は目を見張った。

 黒いベストを着た中背で痩せぎすの男。まだ二十代後半のはずだが、ずい分とくたびれた印象がある。

 黒髪黒目に眼鏡をかけた特徴の薄いその顔を、ヴァルテンベルク公爵はよく知っていた。

 何故ここにこの男がいるのか……。

 公爵の戸惑いと焦りを無視して、三人の人物は絨毯(カーペット)上を前進してくる。

 鳶色(とびいろ)の髪の男は、ヴァルテンベルク公爵の二メートル後方で足を止めると、絨毯(カーペット)に片膝をついて礼をした。他の二人もそれに(なら)う。

「カルステン・ヒュッテンシュタット・フォン・フェルドシュタイン。皇命(おうめい)により参上いたしました」

 ヒュッテンシュタット公カルステン。ミッテルラント大陸の南にあるヒュッテンシュタット公爵領の領主である。

 ヴァルテンベルク公爵領は南西に位置しており、ヒュッテンシュタット公爵領と隣接しているため、両者の交流は避けられない関係にある。

 今年で四十一歳になるヒュッテンシュタット公爵は、変人として有名だった。

 人付き合いが嫌いで、公子だった頃から表舞台には滅多に出てこない男だ。

 社交シーズンになっても王都に戻ってくることがなく、中央の政治にも関わろうとしない。

 自分の領地から(かたく)なに出ようとしないため『引きこもり公爵』の異名を持っている。

 何を考えているのか分からない――為人(ひととなり)の読みづらい厄介な存在だ。

 黒い軍服の女性はヒュッテンシュタット公爵の妻で、結婚前の名をディアーナ・フォン・ベルツという。つまり彼女はエーリッヒ・フォン・ベルツの妹であり、ベルツ伯ユリウスの叔母にあたる人物なのだ。

「ご苦労だった、ヒュッテンシュタット公爵。貴公の尽力に感謝する。(おもて)を上げよ」

 皇子の声に応えて公爵と公爵夫人は立ち上がった。

 しかし後ろの男は(こうべ)()れたまま立ち上がろうとしない。

 それを(とが)める者はいなかった。

「今一度、確認する。先日、刑務官府に提出した訴状に間違いはないのだな?」

 刑務官府――その言葉に、ヴァルテンベルク公爵の肩がぴくりと震える。

 てっきりベルツ伯爵を通じて非合法に訴状を提出したものと思っていたのだ。

 そうであれば、訴えを無効化する手段はいくらでもある。

 そんなふうに高を(くく)って呑気に構えていたところがある。

 しかし正式に刑務官府を通したのであれば、事情は大きく違ってくる。

 最低限の証拠固めをしなければ書類自体がまず通らないはずだ。

 そして、皇帝直々に聴取するからには、提出された書類の信憑性が認められたということではないのか?

 しかしそれならば何故こんな回りくどいことをしているのか……皇子の――さらにはヒュッテンシュタット公爵の思惑を警戒して、ヴァルテンベルク公ザムエルは引きこもり公爵を睨みつけた。

 ヒュッテンシュタット公カルステンは素知らぬ顔で皇子の問いかけに答える。

「間違いございません。帳簿の改竄(かいざん)による上納金の横領。当家への買収の打診。その失敗による口封じの暗殺。買収と暗殺は未遂に終わりましたが、横領は十年の長きに渡って続けられている許されざる罪であり、その証拠となる裏帳簿はすでに提出済みです」

 ヒュッテンシュタット公爵の報告に皇子が頷き、ヴァルテンベルク公爵は顔色を蒼白に変える。

 油断していた。()()()以降、彼らからこれといった反応(アクション)がなかったから、失敗に終わった暗殺にも一定の脅し効果があったのだと、無邪気に思い込んでいた。

 そうしてこちらが安心している間に、裏で証拠をかき集めていたに違いない。

 皇子が眉をつり上げ、(すみれ)色の目を眇める。

「聞いての通りだ。証拠も証人もすでに出揃い、疑う余地はどこにもない」

「お、お待ちください殿下! これは何かの間違いで――」

 弁解しようと声を張り上げる公爵を、皇子は不愉快そうに睥睨(へいげい)する。

「この()に及んで言い訳は見苦しいぞ、公爵」

 ヴァルテンベルク公爵はいくつか重大なミスをした。

 皇帝代理を務める年若き皇子アルフレート・ハイム――それをぼんくらと決めつけ、人柄と能力を見誤ったのも失点のひとつであったろう。

「本来、民に還元されるべき神聖なる公金を、自らの私腹を肥やすために着服することは重大な罪である。よって、貴公およびヒルデスハイマー家から全ての爵位を剥奪し、平民に降格のうえ、資産は残らず没収とする」

 公爵の灰色(グレー)の瞳が驚きに見開かれる。

 同時に、周囲の官にも動揺とどよめきが(はし)った。

 ヴァルテンベルク公ザムエルに言い渡された処罰は、あまりに苛烈で重いものだった。

【第五章 好奇心のはてに】終了です。

ベルツ家の執事ハインリヒがなんかいっぱい出てくる回でしたね。

生い立ちがちょっと可哀想な元男爵家嫡男。今は幸せそうです。当主いじめはホドホドにね……(’-’*)

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