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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第五章 好奇心のはてに
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Ⅳ.苛烈の皇子②


 謁見の間を目前にして、ヴァルテンベルク公ザムエルは不機嫌だった。

 先日、皇子を懐柔(かいじゅう)するために派遣したはずの使者から不快な知らせが届いた。

 すぐ王都に来るようにと急かす内容で、懐柔に失敗したという余計な報告つきだったのだ。

 無能な部下の失態に激怒しながらも、可能な限り最速の方法で王都にたどり着いたのはいいが、王都の屋敷で待っていた使者はとにかく萎縮するばかり。その説明はどうにも要領を得ない。

 仕方なく急いで謁見願いの訴状は出したものの、詳細を把握できないまま、ここまで来てしまった。

 まったく……使えない部下のせいで気苦労が絶えない。

 胸中で愚痴をこぼしながら、彼は謁見への門を(くぐ)ったのである。

 天井の高い大広間の奥に進むと、銀髪の少年が玉座にふんぞり返っているのが見えた。

 すらりと伸びた脚を組み、(すみれ)の瞳で面白くもなさそうにこちらを睨んでいる。

 父親の権威を笠に着る厚顔さが、母親である皇后のカザリンを彷彿とさせた。

(一体どんなへまをすれば()()の懐柔に失敗できるのだ……)

 公爵は内心の苛立ちを隠して一礼した。

 右拳を左の肩口に添えて頭を下げる。しかし膝をつくことはしなかった。

 簡単に膝を屈することはしない。それが公爵としての矜持(きょうじ)だと彼は信じていた。

 謁見の間には皇子の他に近衛騎士と宰相、書記官など数人の官が控えている。それら他の官に対して優位性を示す行為でもあった。

此度(こたび)火急(かきゅう)請願(せいがん)をご承認いただき、有り難く存じます」

 まずは型通りに挨拶する。

 皇子はこちらを睨みつけるだけで、言葉を返しもしない。

 公爵は訝しげに目を眇めるが、すぐに気をとり直してとりあえず時節の挨拶に入った。

「華やかなシーズンから狩猟と収穫を迎えようかという折、殿下におかれましても、ご機嫌麗しく……」

「麗しいように見えるか?」

 公爵の言葉をアルフレート皇子が遮った。

 低く吐きだされた声は抑揚がなく、(すみれ)の瞳が公爵を睥睨(へいげい)する。

 実に不快な態度だった。

(何だというのだ……この皇子、いったい何が言いたい……)

 ――いや、何を言わせたいのだ?

 困惑するヴァルテンベルク公爵に、皇子の視線は冷たい。

 皇子だけではない。傍らに控える宰相と近衛騎士までが()めた眼を向けてくる。

「麗しいように見えるか、と訊いている。答えよ、公爵。貴公の不正を聞かされて、私が上機嫌でいられると思うその理由は何だ?」

 『不正』という言葉に、公爵の頬がぴくりと震えた。

 やはり呼びだしの要件はそれであったか、と胸中で舌打ちする。

 同時に微かな違和感を覚えた。

 最初に『不備』という名目で呼びだしておきながら、ここに至って『不正』と言いきるとは……。

 公爵を糾弾(きゅうだん)しようという姿勢があきらかではないか。

 堅実を常とするディルクハイム侯爵らしくないやり口だと思った。

 皇子に入れ知恵した者が他にいるのかもしれない。

 この()に及んでなお、皇子自身が思考力を持っているとは考えない公爵であった。

 凝り固まった偏見がその可能性を排除してしまう。(せば)まった視野は人から選択肢を奪ってしまうものらしい。

 いずれにせよ、この程度ならば、公爵にも予想はできていた。

 皇子の言葉は動揺するほどのものではない。

 不正告発の出所は見当がついていたからだ。

 おおかた世襲騎士と繋がりのある「あの男」が持ち込んだ話を鵜呑(うの)みにしただけだろう。確たる証拠までは掴んでいないはずだ。

 焦るには及ばない。

 自分にそう言い聞かせて、ヴァルテンベルク公ザムエルは平静を(よそお)った。

「不正とは、穏やかではありませんな。身に覚えのないことにございます」

 (たくわ)えた脂肪で分厚くなった胸板を張り、自信たっぷりの口調で皇子を牽制(けんせい)する。

「側近の言葉を軽々(けいけい)に信じ、証拠の有無も不確かなまま他者を(おとし)めることのなきよう、賢明なご判断を願いたいものです」

 年若い皇子に老婆心(ろうばしん)を働かせるような口調で言い含める。

 玉座に身を沈めた少年が薄い笑みを顔面に貼りつけた。

「なるほど……私が身内贔屓(びいき)で話を鵜呑(うの)みにし、証拠もなく他者を糾弾(きゅうだん)する()れ者だと、貴公は言いたいのだな」

「い、いえ、決してそのようなつもりでは……」

(何なのだ、この皇子は……)

 内心の嘲笑を見透かされた気持ちがして、公爵の背に冷や汗が伝う。

 小さな矜持(きょうじ)を保つためにその場をとり(つくろ)うか。

 あるいは激昂(げっこう)するか。

 どちらかの反応を期待していた。

 その想定でしか対策は立てていなかった。

 盛大に予想を外された公爵の目に、皇子の薄笑いが不気味に映る。

 狼狽(ろうばい)するヴァルテンベルク公を眼前に捉え、皇子は表情から笑みを追いだした。

(けい)(げん)は尤もだ。証拠がなければ、ただの妄言(もうげん)と言われても反論はできない。ならば、その証拠の有無とやらをはっきりさせるとしよう」

 組んでいた脚を(ほど)いて皇子が片手を上げる。それを合図に謁見の間の入り口が開いた。

 扉の向こうには、三人の人物が立っていた。

 ゆっくりと中に入ってきた「証人たち」に、場にいる全員の視線が集まった。

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