表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第五章 好奇心のはてに
42/133

Ⅲ.いじわるの理由①


 お茶会。楽しく茶菓子を頂きながら和気あいあいと談笑する場――そうであれば、どんなに楽だろうか。

 残念ながら貴族のお茶会はそう呑気でもいられない。

 有力貴族と繋ぎをとるために画策したり、情報交換という名の腹の探りあいをしたりと、なかなかに気の抜けない催しである。

 カタリーナはその立ち回りが上手い。自身で言う通り、存分に『良い話』を掘りだしてくることだろう。

「見送りはあの子たちにお願いするから、あなたは来なくて結構よ、ハインツ」

 部屋の隅に控える召使い(フットマン)二人を扇子で指し示しながら、カタリーナ夫人は執事の行動をぴしゃりと牽制(けんせい)した。

「あなたはウーリの話し相手をしてあげて」

「話し相手……ですか?」

 ハインリヒの表情が少しだけ強張る。

 ウリカとは普段あまり話す機会がない。

 雑談しようにも、話題からつまずきそうな二人の関係だ。当然の反応かもしれない。

「ウーリは気にせず、ゆっくりしていってちょうだいね」

「はい。ありがとうございます」

 気遣ってくれているんだな、とウリカは気づいた。

 家人がいなくなってしまうのに、自分だけ居座っていては迷惑になる。時間的には少し早いが、お(いとま)させてもらおうかと思っていたところだ。

 その心情を見破られていたらしい。

「ウーリを退屈させてはダメよ」

 念を押すように命じて、カタリーナはさっさと出ていってしまった。

 部屋にはウリカとハインリヒだけが残される。

 部屋が一瞬しんと静まり返った。

 夫人が歩き去った部屋の入口を見つめて、ハインリヒは固まっている。

 ウリカはひとり静かに紅茶を飲んだ。果実のような香ばしい匂いが鼻腔を通り抜ける。口当たりがマイルドで飲みやすい。

 お茶を飲み干したウリカは、空のカップをソーサーへと戻した。

 かちりと陶器同士のぶつかる音が静かな室内に響く。

「ごめんなさい、ハインリヒ。おかわりを頂けるかしら」

 にこりと微笑んで声をかけると、執事がはっとした様子で振り返った。

「失礼いたしました。ただ今お()ぎいたします」

「ハインリヒも座って、一緒にお茶しましょう」

 ハインリヒの動きがピタリと止まる。

 型破りなことを言ったからだろう。使用人が貴族の茶席に着くなど通常ではあり得ない行為だ。うっかり誘いに乗って、意地の悪い令嬢にクビにされた使用人の話もあるほどだ。

 無理もない反応ではあるが、それでいて笑顔を崩さないままなのが、なんともハインリヒらしかった。

「非常識を承知で言うわ。そこに座って、お茶に付きあってちょうだい。あなたの身長で立っていられると、始終首を(かたむ)けなくてはいけないもの。肩が凝ってしまうわ」

 ウリカは無邪気に笑う。

 下手をすれば脅し文句(パワハラ)に聞こえかねない言葉だが、裏のない笑顔はハインリヒの警戒心を和らげるのに十分だった。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 ハインリヒが苦笑しながら対面の席に腰を下ろすと、子爵令嬢が満足げに口元を綻ばせる。

「ふふ、一度ハインリヒとゆっくりお話ししてみたかったのよね。だから嬉しいわ」

 ハインリヒが意外そうに首を傾ける。

「ウリカ様が私に興味をお持ちとは、知りませんでした」

「あら。興味を持たれるのがそんなに不思議? だってハインリヒって、何でもそつなくこなして完璧なんだもの。苦手なことのひとつくらいないのかって、気になるじゃない」

「そんなに完璧に見えますか?」

「ええ。特に立振舞(たちふるま)いに隙がないのよね。ハインリヒって貴族の出身だったりする?」

 それ自体は特に珍しいことでもない。

 家督を継げない次男以降の貴族子弟が、家を出たあと執事の職に就くこともままある。マナーを心得ているし、貴族社会の勝手も分かっているから、教育が最小限で済んで利便性が高いという事情からだ。

 しかし――

「お察しの通り、私は貴族出身です。男爵家の嫡男として生まれました」

「えっ、嫡男?」

 ウリカの予想は半分当たって、半分外れだった。

 嫡男――跡取りだったはずの彼が、なぜ家督を継がずに執事などやっているのか。よほどの事情がなければ、そんなことにはならないはずだ。

 軽率に立ち入ってよいものか判断に迷う。

 迷うが――

「詳しく……聞かせてもらってもいい?」

 好奇心旺盛なウリカが誘惑に勝てるはずもない。

 若干の躊躇(ためら)いを見せるも、その葛藤は短かった。

 ハインリヒがくすりと笑う。

 ウリカが初めて見る、とても柔らかい表情だった。

「不快な内容かもしれませんが、それでもよろしければ――」

 穏やかな笑顔を浮かべてそう答える執事に、子爵令嬢はちょっとだけ戸惑う。

 彼が浮かべる表情が何を意味するものか分からなかったからだ。

 でも、ここで引き返すなんて、ウリカには不可能だった。

 神妙な顔で静かに頷くと、ハインリヒはゆっくりと事情を語り始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ