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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第四章 思わぬ拾いもの
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Ⅳ.既視感①


 夕方近くなって、ユリウスは錬金術師の家を訪れていた。


 皇子との約束通りに書類の仕分けを手伝ったことで、この日は予定より早く任務から解放された。

 屋敷に帰ると、本を読みにきていたジークベルトに会えたから、久しぶりにゆっくり話でもしようか――そう思った矢先にカタリーナに捕まったのだ。


「早く帰ってきたのなら、ウーリを迎えに行きなさい」


 迎えに行けというのは、ウリカを自分のところに連れて来い、という意味だ。


(面倒くさい……)


 そうは思うが、あの母親に逆らうともっと面倒くさいことになるのは目に見えているから仕方がない。


 玄関の前で呼び鈴を鳴らすと、先日と同じように砂色の髪の錬金術師が顔を見せた。

 ユリウスの姿を見るなり、心得た様子でウリカを呼びにいく察しの良さはありがたい。


 しかし玄関までやってきた従妹の開口一番は実に不快なものだった。


「ユリウスって、ひょっとしてヒマなの?」

「せっかくできた余剰時間を(つぶ)される程度には忙しい」


 思わず嫌味が反射してしまった。

 家に帰るなり休む暇も与えられずここまで来たのだから、勘弁してほしいものだ。


 横でウィリアムがくっくっと笑っている。

 なんだかとても疲れた気分で、ユリウスはため息をもらした。


「母上のためだから仕方ない」

「カタリーナ様の?」


 ウリカはきょとんと首を傾げる。


「ああ。一昨日(おととい)ウーリに会って、少しは気が(まぎ)れたみたいだったからな」


 従妹の少女はぱちくりと目を瞬いてから呆然と呟いた。


「そっか……」


 そしてふわりと微笑む。


「良かった」


 心の底からほっとしたような従妹の反応に、ユリウスは目を細める。

 彼女なりに気にかけてくれたのだろう。それが素直に嬉しかった。


「それなら、時間があるときになるべく会いに行くようにするわ」

「ああ。そうしてくれると助かる」


 さて、この話はそれで良いとして、確認しなければいけないことが、この場にはあるようだった。


「ところで、さっきから後ろに誰を隠してるんだ?」


 ユリウスは従妹の背後に意識を向けて首を傾げる。


「へ?」


 ウリカは間抜けに目を見開いた。


 彼女が玄関に来たときから実は気になっていた。

 背後にぴったりとくっつく人の気配があったからだ。

 体格から子供だろうとは思うのだが、子爵令嬢の後ろに隠れたまま顔すら出さないのが、なんとも奇妙である。


「いつの間に?」


 ウリカは言われて初めて気づいたというように後ろを振り向く。

 いまだユリウスからは隠れたその子の姿が見えない。


「ずっとお前の後ろにいたぞ。注意力散漫(さんまん)じゃないのか」


 琥珀(こはく)色の目を眇めて忠告すると、従妹の少女はむっと顔をしかめた。


「ユリウスが日頃から無駄に気を張り詰めすぎなのよ」


 いつものごとく睨みあいが始まろうとしたときである。


「悪いが、いとこゲンカは帰ってからにしてもらえるか」


 迷惑そうな表情を浮かべた錬金術師が待ったをかける。


 率直すぎる態度に、二人は毒気を抜かれて肩を落とした。


 このウィリアムという男は、面白いくらい真っ直ぐ(ストレート)に言葉や態度をぶつけてくる。

 貴族に対して、これほど裏表なくものを言う人間は珍しい。

 それが無関心ゆえのものなのかが気になるところだ。


「騒がせて申し訳ない。今日はこのまま従妹を引きとってもいいだろうか?」


 ユリウスは気をとり直して錬金術師に一応の確認をとる。


「俺はそれで構わないが……」


 ウィリアムがちらりと視線を動かした。

 砂色の瞳が子爵令嬢とその背後に隠れる子供を捉える。

 青年ふたりの視線を受けて、ウリカは眉尻を下げた。


「私もそれでいいけど、この子はどうすればいいかしら……」


 彼女は、後ろに隠れ続ける子供をずずいと力任せに自分の前へと押しだした。

 場にいる全員が面食らうほどに、その仕種は自然体だった。

 見た目に反して馬鹿力なのは相変わらずである。服の下に隠れた彼女の腕には、剣術によって鍛えられた筋肉がしっかりとついているのだ。


 容赦がないな――と思いながらも、話が早く済むので、男性ふたりは突っ込みを控えた。


 抵抗する暇もなく前面に立たされたのは、十歳前後と思われる女の子だった。

 きれいな瑠璃(るり)色の瞳と一瞬だけ目が合う。少女が慌てたように顔を伏せると、浅紫(あさむらさき)の髪の毛がさらりと揺れて、その顔に影を落とした。


 ユリウスは既視感を覚えて首を傾げる。


「どこかで、会ったことがないか?」


 気づいたときには、そんな言葉が口をついていた。


「えっ?」と反応したのは、従妹の少女のほうだった。

 彼女は口元にそっと手を当てて大げさに目を見開く。


「ユリウスってば、こんな所でナンパ?」


 ぱしんっ。


「痛っ!」


 反射的に従妹の頭を平手打ちしてしまった。

 馬鹿なことを言わないでほしいものだ。


「紳士と名高いベルツ伯爵ともあろう人が、なんて乱暴なっ!」


 ウリカが抗議の声をあげるが、その言葉選びは(なお)、従兄をからかう気マンマンである。


 反省の色を見せない従妹をジト目で睨んだユリウスは、彼女の頭にぽんっと右手を乗せる。そのまま間髪いれずに金髪をワシャワシャと掻きまわした。


「ちょっ、何するのっ! 痛い痛い!」


 ウリカが大げさに騒いで両手をバタつかせるが、これでもちゃんと手加減はしている。


 ユリウスは手を離して従妹を見据えた。


「お前がくだらない冗談を言うからだろう。あと、俺は紳士を気どった覚えはない」


 ウリカは不服そうに頬をふくらませるも、言葉を返せずに押し黙った。

 彼女はそのまま、髪の毛を解いて、もっさりしてしまった金髪を整え始める。


 従妹が大人しくなったことに満足したユリウスは、あらためて小さな少女を見下ろした。

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