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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第五章 好奇心のはてに
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Ⅰ.憩いのひととき①


 貴族領には、その中心部から十時方向に連なる商業通りがある。これは交通や流通の便を考えての設計だと言われている。

 そうした作りの関係上、貴族たちの居住区は、東北(とうほく)地区、東南(とうなん)地区、西北(せいほく)地区、西南(せいなん)地区の四区画に分かれている。

 ベルツ伯爵の屋敷は、東北(とうほく)地区の一角にあった。

 その屋敷の内装は、派手さを抑えつつも貧相な見目にならないよう最大限に気を遣われている。

 壁紙は白地にセピアのボタニカル柄のものがメインで、柄は派手だがセピア色によって引き締められている印象があった。

 壁紙の素朴な色合いを補うように、絵画や彫刻などの調度品で程よく色味が加えられており、その配置の妙によって優雅さが演出されている。

 それらは全て、女主人であるカタリーナの手腕によるものだった。

 そんなベルツ邸で最も地味といえるのが書斎(ライブラリー)だろう。

 書斎(ライブラリー)は主に本を所蔵(しょぞう)しておく役割を持ち、全壁面に本棚が設置されている。

 壁紙は無地の若草色で、調度品は最小限。落ち着いた雰囲気が特徴の部屋だ。

 家族や親しい者とのくつろぎの場として使われることが多い。

 その書斎(ライブラリー)の中で、ジークベルトは本を物色していた。

 先日ユリウスが言っていた通り、シルヴァーベルヒ邸にはない書物が溢れている。

 中でも戦略・戦術論といった軍事に関する本が多いのは、ベルツ家が軍人の家系だからだろうか。

 ジークベルトは父や姉と違い、剣術に()けているわけでもないため、軍事関連の読み物にはあまり興味がなかった。

 それでもいざ読み始めてみると、政治や経済と密接に結びついていることが分かって面白かったのだ。

 そのことに気づいて夢中で読み(ふけ)っていたら、いつの間にか夕刻近くになっていた。

 名残惜しく感じているところに「数冊借りていかれてはどうか」とハインリヒが勧めてくれたのである。

 気になったものを三冊ほど選んでから、ジークベルトは書斎(ライブラリー)を出る。

 螺旋状の階段(ステアケース)を下りて玄関ホールに向かうと、ハインリヒに声をかけられた。

「馬車の準備が整っております」

「ありがとうございます」

 どこまでも気の利く執事だな、と感心しているところに、ユリウスたちが帰ってきた。

「お帰りなさいませ旦那様」

 ハインリヒが主人を出迎えると、ユリウスの後ろからウリカがひょこりと顔を見せる。

「ごきげんようハインリヒ」

「ようこそお越しくださいましたウリカ様。ジークベルト様を馬車までお見送りして参りますので、申し訳ありませんが、少々お待ちいただけますでしょうか」

「いや、ジークは俺が送っていくから、ハインツはウーリの案内を頼む」

 すかさずユリウスが口を挟むと、ハインリヒはすぐに諒解して対応を切り替えた。

「承知いたしました。では、ウリカ様。こちらへ」

 ジークベルトが口をさし挟む暇もなかった。

 主人と執事の間で話はとんとんと進み、ハインリヒがウリカを伴ってさっさと行ってしまう。

「じゃあ、行こうか」

 ユリウスにさらりと促されてジークベルトは慌てた。

「いえ、ユリウス兄さんはお疲れでしょう? 僕は一人で大丈夫ですから」

 ただでさえ帰ってくるなりウリカの迎えに行かされて、(ろく)に休めていないはずだ。

 気にかけてもらえるのは嬉しいが、負担になりたいわけではない。

 ここは丁重にお断りしなければと首を振る。

 しかしユリウスは素知らぬ顔でジークベルトの手元を覗き込んできた。

「『戦史経済学概論(がいろん)』か……戦いの流れが経済学の視点から解説されていて、勉強になるんだよな」

 そう言って、従弟が両手に抱えている本のひとつをひょいと持ち上げる。

 ジークベルトは条件反射のように瞳を輝かせた。

「戦略や戦術も、意外と経済や政治と切り離せない部分が多くて面白いですよね」

 尊敬する従兄の口から自分の考えと類似した感想が飛びだし、つい嬉しくなったのだ。

 思わず興奮気味に応じるジークベルトの腕から他の本も拾い上げて、ユリウスはそれらのタイトルを確認していく。

「目の付け所がさすがだな、ジーク」

「いえ、そんなこと……」

 どうもこの従兄はジークベルトを甘やかす嫌いがある。つけ上がってしまいそうになるから、手放しで褒めるのはやめてもらいたいものだ。

 にやけそうになる頬を両手で押さえたところで、ふと自分の手が(フリー)になっていることに気づいた。

 ぽかんと顔を上げれば、先ほどまで腕に抱えていたはずの本が、すべてユリウスの手に収まっているではないか。

「行くぞ、ジーク」

 にやりと誠実さに欠ける笑みを浮かべて歩きだす従兄を呆然と見つめて、ジークベルトは(おのれ)の失態を悟る。

「してやられた」とばかりに、少年は力なく天井を仰いだ。

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