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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第四章 思わぬ拾いもの
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Ⅳ.既視感②


 浅紫(あさむらさき)の前髪に隠した瑠璃(るり)色の瞳をオドオドと泳がせて、小さな少女は身を竦める。

 こんな所に第一皇子の近衛騎士が来るなんて聞いてない。

 なにやら子爵令嬢と親しげな様子だが、二人はどういう関係なのだろうか。

 そろりと視線を上げてうかがい見ると、ベルツ伯爵が暗緑色(あんりょくしょく)の眉を持ち上げて子爵令嬢に問いかけていた。

「それで……この子は誰なんだ? 見たところ平民の子供ではないようだが」

「それが……分からなくて……」

 言い淀むウリカに、ユリウスは眉をひそめる。

「分からない?」

「今朝、街の倉庫街で会った子なんだけど、家名を言いたがらないのよ」

「名前は聞いたのか?」

「ジルケって名乗っているけど、それも本名かは知らないわ。追及しても、答えてもらえそうになかったから」

 そう言って肩を竦める。

 ウリカが追及を諦めたということは、それだけ少女の態度が(かたく)なだったのだろう。

 彼女と長い付き合いのユリウスはすぐにそれを察した。

 この少女にどんな事情があるのかは知らないが、厄介事のにおいが漂ってきて、正直イヤな予感しかしない。

 ユリウスは深いため息をついた。

「好奇心旺盛なのは知っていたが、ここまでトラブル好きだとは思っていなかった……」

 肩を落とす従兄に、ウリカからの反論はない。ただ憮然とした表情だけがそこにはあった。

 その反応が少し想定外で、ユリウスは思わず首を傾げる。

 すでにウィリアムから似たような発言を受けていたことなど、彼は知る(よし)もなかった。

 それぞれの理由で従兄妹ふたりが黙り込んだ瞬間である。

「ああ、思いだした」

 唐突に顔を上げたウィリアムが、沈黙の隙を縫うように声を響かせた。

 場にいる全員の視線が声の主へと集まる。

「初めて伯爵に会ったとき、どこかで会ったことがあるような気がしたんだが……」

「えっ? ウィリアムさんまでナンパですか?」


 ぺしんっ。


「痛っ!」

 ウィリアムから平手が飛んだ。懲りない令嬢である。

 平手を放った当人は、何事もなかったように話を続けた。

「昔、先代のベルツ伯爵に会ったことがあるのを思いだしたんだ」

「父に……?」

 街外れに住む錬金術師と、父親のエーリッヒがどこで会う機会を得たのかと不思議に思い、ユリウスは首をひねる。

「ウィリアムさんのスポンサーがお父様なのよ。その伝手(つて)で会う機会があったんじゃないかな」

 後頭部をさすりながら、ウリカが教えてくれた。

「ああ、なるほど……そうか」

 妙に得心がいった気がした。

 ユリウスの容姿的特徴は父親譲りだ。髪や瞳の色が同じで、顔立ちもどうやら似ているらしい。だからウィリアムの記憶が混同したのだとしても不思議ではない。

 ならば少女に対して抱いた既視感も、それと類似のものかもしれない。

 何はともあれ、この状況を見て見ぬふりはできないだろう。

「この子をここに置いていくわけにはいかないだろうから、一緒に送っていこう」

 ユリウスがそう言うと、ウィリアムが心底ほっとした様子で吐息した。

「そうしてもらえると助かる」

 厄介事のにおいを彼も感じとっているのだろう。

 青年ふたりが話をまとめるのを見て、ウリカが小さな少女――ジルケに声をかけた。

「そういうことだから、どこに送ればいいか教えてもらえる?」

 上体をかがめて少女と視線を合わせた子爵令嬢は、気軽な口調を装ってジルケの警戒心を(やわ)らげようと努めている。

 他人に心を開かせる会話はウリカのほうが得意だから、ここは彼女に任せてしまおう、とユリウスは状況を見守ることにした。

 なかなか口を開こうとしないジルケを急かすことなく、ウリカは静かに返答を待つ。

 このまま沈黙を重ねても何も解決しない――賢い少女はそれを分かっているはずだ。

 だからこちらから追いつめる必要はない。

 ウリカが想定した通り、ジルケは観念したようにそろりと口を動かした。

「……西門(にしもん)広場(ひろば)まで送ってくれれば、それで()い」

 少女は短くそう答えた。

 貴族領と市井(しせい)の間を隔てる壁には、正門(せいもん)西門(にしもん)東門(ひがしもん)という三つの出入り口がある。

 少女が口にした西門広場とは、貴族領内の西門近くにある馬車停留場を指す。主に商業用の馬車が骨休めをするために使われる場所だ。

 西門広場まで――それがジルケの妥協点か、と思いながらも、ウリカはさらなる譲歩を引きだそうと(こころ)みる。

「そう……もう夕刻も近いし、できればお(うち)まで送ってあげたいんだけど、家の場所は分からない?」

「西門広場まで送ってもらえれば、そこからは一人で帰れるから大丈夫だ」

 しかしジルケは譲らない。

 ウリカは困ったように眉根を寄せた。

「あなたを一人で返して、もし万が一のことがあれば、私たちはきっと後悔してしまうと思うの。だからきちんと家まで送らせてほしいのだけど、駄目かしら?」

 優しく、けれど脅しのようにも聞こえる理由を持ちだして説得を続ける。

 少女は少しだけひるむ様子を見せたが、首を縦に振ることはなかった。

「西門広場に迎えが来ることになっているから、大丈夫だ」

 ジルケの態度はどこまでも(かたく)なで、ウリカは根負けしたように肩を竦める。

 ユリウスが小さく吐息した。

「仕方がない。それなら、とりあえずは西門広場まで送っていこう」

 まずはそこまで行ってみて、迎えの姿が見当たらなければ、その時また考える。そうするしかないだろう。

 ウリカが従兄の意向を諒解して頷き、立ち上がってからはっとする。

「私、今日は馬で来ちゃったんだけど……」

 迎えの馬車に乗るなら自分の馬はここに置いていくことになるが、実際にはそういうわけにもいかないだろう。

 だがその懸念はユリウスがすぐに振り払った。

「そう聞いたから、今日は俺も馬で来たんだ」

 ジークベルトが教えてくれて助かったよ、と従兄は苦笑する。

「そっか」とウリカは安心して、ジルケに向き直った。

「じゃあ、ジルケはどちらかの馬に乗せて行けばいいわね。どっちがいいかしら?」

 半ば答えを知りつつも、ウリカは少女本人に選択を委ねる。

「……ウーリがいい」

 案の定、ジルケは子爵令嬢のほうを指名した。

 この少女は何故かユリウスのことをやたらと警戒しているようだから、まあそうなるだろうと思っていた。

「ずいぶんと仲良くなったんだな」

 ふいにユリウスからそう聞かれてウリカは首をひねる。

「そんなことはないと思うけど……」

 言いつつも、ジルケの態度が妙に親しげなのは自分でも感じていた。

 はて、この少女の琴線をつつくようなことをしただろうかと考え込んでしまう。

「とりあえず、西門広場に向かおう。急がないと陽が暮れそうだ」

 日没まではまだ時間があるが、ジルケを連れていくとなればあまり無茶な乗り方もできない。

 ユリウスの懸念はもっともだ。

「そうね。なるべく急いだほうが良さそう」

 話がまとまったところで錬金術師の家を出たウリカたちは、西門広場を目指して馬を走らせた。

 ジルケが振り落とされないようにスピードは抑え目だったが、日暮れ前には無事に目的地までたどり着くことができた。

 西門広場には数多くの馬車が停留している。

 さて、どれが迎えの馬車だろう――そう思った矢先だった。

 ジルケが勢いよく馬から飛び降りて、馬車のほうへと駆けだしたのである。

「あっ! ちょっと!」

 慌てて呼びかけるが、少女は足を止めなかった。

 速度を落としたあととはいえ、馬上から飛び降りるなんて無茶なことを……怪我をしたらどうするのだ。

 ウリカの憤りをよそに、ジルケは元気に馬車のひとつに駆け寄った。

 その馬車の御者台に座る男となにやら言葉を交わして、そのまま荷台へと乗り込んでいく。御者台の男と親しげな様子ではあった。

 ウリカは呆れたように吐息しながらも、ちょっとだけ安心して目を細める。

「とりあえず、大丈夫そうね」

 安堵する従妹とは裏腹に、ユリウスは複雑な心境で馬車に描かれた紋章を睨みつける。

 竜胆(りんどう)の花を模した馬車の紋章――それを映した琥珀(こはく)色の双眸(そうぼう)が、夕陽を反射して静かに揺らめいていた。

【第四章 思わぬ拾いもの】終了です。

この世界での錬金術の仕組みがようやくちょっと出て来ましたね。

ちなみにこの世界の『元素』の定義は現実世界とは違うものです。念のため

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