Ⅲ.興味の矛先③
飛び入り参加の少女――ジルケに好奇の目で見つめられているとは思いもせず、ウィリアムは精製作業を開始した。
まずは乾燥した葉っぱをすり潰して水を数滴加える。そこに手を翳し、意識を集中させた。
手首を中心にして青い円陣が浮かび上がる。それが反時計回りにゆっくりと動いた。
器の中にある葉っぱの残骸が淡く青い光に包まれる。
「本気で錬金術を学ぶ気なら、魔力の流れをよく見ておけ」
ウィリアムは、きょとんと様子を見守るウリカに声をかける。
「はい」
ただ呆然と眺めているだけでは駄目だと怒られた気がして、ウリカは気を引き締めた。
魔力干渉によって元素属性や濃度数値を変える――言葉だけで理解した気になっているのと体感するのとでは天と地ほども違う。
いま行われている魔力干渉は、属性を変えないまま濃度数値だけを変動させているようだった。
魔力の流れを見ろとはそういうことなのだろう。
ウィリアムの言葉の意味を、ウリカは実感によって理解した。
徐々に魔力の流れが緩やかになっていき、青い光が消える。
すり潰されて粉状になっていた葉っぱが、その姿をすっかり変えていた。
器の中には小さな玉のようなものが転がっている。
五粒ほどだろうか。形状や大きさは黒胡椒によく似ているが、その色は青い。
「これは何なのだ?」
器の中身を覗きこんでジルケが尋ねる。
どれだけ邪険にされても懲りない性分のようだ。
「これは『薬丸』と呼ばれる物だ」
少女ふたりの予想に反して、ウィリアムは答えを返した。
「高い回復効果を持っていて、主に薬の材料として使う」
言いながら器の中身をウリカに見せる。
どうやら「助手として働くなら、しっかり覚えろ」ということらしい。
質問したのはジルケだが、その答えはウリカに返す。一見チグハグだが、ウィリアムなりに効率を重視した結果である。
その後、同じ工程を何度か繰り返したあと、ウィリアムは使っていた材料や機材を入れ替えた。
「これから調合作業に入るが、精製と違って集中力が必要になるから、質問などは控えるようにしてもらいたい」
ジルケは首を傾げる。
なにを言われたのかよく分からなかった。
「あの……ひとつ質問をしてもいいですか?」
と、律儀に挙手してみせたのは子爵令嬢のほうだった。
「何だ?」
「『調合』と『精製』の違いを教えてください。作業工程がどちらも同じように見えるんですけど」
もしかしたら子爵令嬢が自分の内心を代弁してくれるかも――そんな淡い期待を抱いてみるも、それは叶わなかった。
(うむ。やっぱりよく分からんな……)
だからといって、ここでジルケが口を挟んでも余計ややこしくなるだけの気もする。
ここは開き直って、おとなしく錬金術師の解説を待ったほうがいいかもしれない。
少女は潔くそう諦めた。
「物質に元素属性が存在することは、さっき君が説明していただろう?」
「はい。地、火、風、水の四大元素ですよね。この世のあらゆる物質は必ず四属性のいずれかの元素を有する、と本には書いてありました」
「ひとつのアイテムの元素濃度を変換して別のアイテムを作る場合、あるいは同じ元素属性の物をかけ合わせてアイテムを作る場合は『精製』と呼ぶ。これに対して違う属性の物をかけ合わせて作るのが『調合』だ」
簡潔だが要点を得た解説だった。
これならジルケにも理解できる。
錬金術には『精製』と『調合』という二つの作製方法があり、属性の変化を伴わないものが『精製』で、それ以外が『調合』ということだろう。
「どうして呼び分けているんでしょうね?」
ウリカの呟きは何気なく口に出たという程度のものだった。
特に回答は期待していなかったのだが、ウィリアムはちゃんと説明をくれた。
「錬金術が行われるようになった当初は、属性の違う物を合わせるという概念がなかった。同じ属性の物同士でなければ、合わせることができないと思われていたからだ。ところがある時、一人の錬金術師がアイテムを精製しようとした際に、合わせるアイテムを間違えてしまったんだが、それによってまったく新しいアイテムが出来あがったんだ」
語られた内容は、少女ふたりの興味を引いた。
ウィリアムは淡々と話を続ける。
「それは違う属性の物を間違えて合わせたために、事故的に偶然できてしまった物だったわけだが、発見当時は非常に珍しい事象だったため、わざわざ『調合アイテム』という特殊な呼び方がされた。それがそのまま定着して『精製』と『調合』と呼び分けるようになったんだ」
ずいぶんと丁寧な説明だ。似つかわしくもない――意地悪くそんな感想を抱いたジルケだったが、少女はすぐに気づいた。
楽しげに目を細める錬金術師の双眸には、これまでには感じなかった熱が宿っている。
子爵令嬢の探究心に触発されたような……けどそれとは少し違うような、そんな輝きが見えた気がした。
「つまり、調合アイテムは偶然の産物だったんですか?」
「そうだな……しかし、そうした失敗や間違いが新しい発見を生む。そういうことは、案外当たり前のように存在しているものだ」
「奥が深いんですね……」
ウリカが感嘆の息をもらし、ウィリアムは口元を綻ばせる。
そんな二人の姿が自然体に見えて、ジルケは首を傾げる。
(つい先日初めて会ったと言っていたが……)
傍目には気心の知れた間柄に見えた。
会って間もない関係性でも、よっぽど気が合えば、そういうこともあり得るのだろうか。
人生経験の足りていない自分にはよく分からないが、まあ、不思議なことでもないのかもしれない。
判断材料の足りていないジルケには一人で結論を出すことが難しく、とりあえずそう納得するしかなかった。
それはいいとして、さてどうしよう。
二人の間に入っていける気がしない。
なんとなく蚊帳の外に置かれた気分のジルケは、余計な水を差さないようにと、そっと場所を移動した。
他人に気を遣っている自分に正直いってびっくりである。
部屋の入り口付近にある本棚を覗くと、錬金術に関する本がたくさん並んでいた。
何冊かを手にとってパラパラとめくる。
入門書と言えそうなものはなかったが、錬金術の理論や錬金術で使う器具などが載っている本だけでも興味を引かれた。
本の記述をなぞっていく瑠璃色の瞳が、新しい事を知る喜びで煌めきを放つ。
当初の目的であった市井を観察することは叶わなかった。
でも収穫はあった。
また機会を見つけて抜けだして来よう、とウリカが聞けば頭を抱えそうなことを少女は決意するのだった。