Ⅱ.錬金術師への反論①
ウィリアムは心の中で吐息する。
それは期待か諦観か……自分でも分からない。
再び訪ねてきた子爵令嬢は、浮き足だっていた先日とは違う雰囲気をまとっていた。
考えをしっかりとまとめて来たからだろうか。『宿題』に答える彼女の言葉は淀みない。
「私が錬金術に向いていないのは飽きっぽいから。そして錬金術には根気が必要……一見、筋が通っているようにも聞こえますが、この場合、飽きっぽさを根気の有無と符合させることはできません」
「飽きっぽいからすぐに興味が離れる。『続かない』という意味においては同じことじゃないか?」
少し意地悪をしてみた。
だがウリカは眉尻を下げて笑う。
「正しく反論しろと言ったのはウィリアムさんなのに、意地悪ですね」
意地悪だと言いながらもどこか楽しそうな少女に、ウィリアムの頬が緩みかける。
だがすぐに顔の筋肉を引き締めた。下手な隙は見せたくない。
「違うというなら、納得がいくように説明してくれ」
突き放すように促すと、子爵令嬢が気負いのない視線で錬金術師を見据える。
「実験と失敗を繰り返す、ということは『適度にこなせるもの』ではないことを意味します。つまりそれ自体は、興味が離れる理由にはなり得ないはずです。そして仮にですが、簡単にこなせてしまうほどの才能があるなら、失敗を繰り返すことはないのだから、根気という要素は必要ないものになる」
この子爵令嬢は器用すぎるのだ。大抵のことは見よう見まねでこなせてしまう。彼女にとっては手応えが薄い。だからすぐに飽きる。
ウリカが飽きっぽい理由は根気とは関係ない――それは確かな事実だ。
ウィリアムは少女の弟子入り志願を突っぱねたくて、こうした言葉のすり替えを行ったのである。
錬金術師の口角がわずかにその角度を変えた。
「残念だよ……」
そう呟く表情は、どこか楽しそうでもあり、苦笑しているようでもある。しかし砂色の双眸にはなお醒めた印象があった。
「不正解なら、ここで君を追い返せたんだがな」
その口調は本気なのか冗談なのか判断がつかない。
ひとつ確実なのは、瞳に熱がないということだ。
この程度は解けて当然と言わんばかりだった。
だが実のところ、ウリカも先日ウィリアム邸を立ち去る前には答えを出していた。
ただ、それだけではウィリアムを説得できないと分かっていたから、あの時点で答えを口にするのは躊躇ったのである。
だからこの回答自体には自信があった。
ウリカにとって本当の勝負はここからだ。
「約束したからな……君の主張を聞こう」
錬金術師から笑みの成分が消える。
ここからは容赦しない、と言われた気がした。
ウリカは両拳を握りしめて顔を上げた。その瞳に緊張が走る。
「正直に言うと、自分がどうして錬金術を学びたいのか、私自身にもよく分かっていません」
ウリカの第一声はそんな告白だった。
ウィリアムが眉をひそめ、我関せずで紅茶を楽しんでいたジルケも不思議そうに首を傾げる。
まあ当然の反応だろう。
錬金術師を説得しなければならないのに、いきなりネガティブな本音を吐きだしたのだ。
しかしウリカには確信があった。この本音は隠しきれない。ウィリアムに追及されれば必ずボロが出る。ならその前に自分から言ってしまったほうが得策だ。
そう考えたのである。
「昔、まだ小さかった頃に、誰かと約束をした記憶があるんです」
後ろめたさを排除してから、ウリカは本題に入る。
「錬金術で助けたい人がいて……約束をした相手のことも、助けたいと思った人のことも、ちゃんと覚えてはいないんですけど、とても大切な約束だったことだけは覚えているんです」
ひどく曖昧で薄い根拠は説得力に欠けることだろう。
しかし下手な理屈やウソはきっとこの錬金術師には通用しない。
だからウリカは誠実さで勝負するしかないのだ。
「もしかしたら、その頃に抱いた憧憬にただ引きずられているだけで、そこに私の主義主張はないのかもしれない。それでも、錬金術をやりたいという思いが、どうしても消えない……これと同じ感情を知っています」
ウィリアムの視線がちらりと動く。砂色の双眸は、少女が腰に佩いた長剣の姿を捉えていた。
「剣術か?」
「はい。剣術だけは、誰にどれだけ否定されても、やめる気にはなれなかった唯一のものです。それと同じなんです。漠然と『やってみたい』と思っただけの他のものとは違う。どうしても『やりたい』という抑えの利かない衝動が、錬金術に対してもある……だから、ウィリアムさんには申し訳ないけど、諦めるのは無理です」
ウリカは言いたいことを言い切って、口を閉じた。
どうだ、とばかりに錬金術師を睨む。
口元に手をあてたウィリアムは顔をうつむかせて、そのまましばし沈黙した。




