Ⅰ.トラブルを連れて②
この日まず案内されたのは客間だった。
殺風景な工房と違って、こちらの部屋はそれなりに飾りつけがなされている。
ダマスク柄の壁紙は淡い空色。床には青藍の絨毯。さらに窓には落ち着いた青藤色のカーテンがかけられていた。
この部屋は普段ウィリアムが休憩用として使っているらしい。ということは青系の色が好きなのかもしれない。
小規模ながら本棚が設置されているのが目に入る。
工房には研究書や解説書など、錬金術に関する実用的な本が多かったが、こちらはほとんどが小説などの軽い読み物といった感じだ。
(仕事と趣味ではっきりと切り替えるタイプなのかな)
漠然とした感想は胸にとどめて、ウリカは今日これまでの経緯を説明した。
「なるほど。状況はだいたい理解した」
話を聞き終えたウィリアムが納得顔で頷いた。
理解が早いのはありがたい。
しかし、
「類は友を呼ぶというやつか」
小さく聞こえた錬金術師の呟きが、ウリカにはなんだか解せない。
(こんな面倒な子と一緒くたにされたくないんだけど……)
そう思ったウリカはやはり自覚が足りないのだろう。
先日剣で脅されたことをウィリアムはまだ根に持っていた。
「仕事の邪魔にさえならなければ、ここにいてもらって構わない」
そう答えるウィリアムは、少女たちの対面で一人掛けソファーの背もたれに腰かけている。大変お行儀が悪い。
しかしそれが不思議と不恰好には感じなかった。
(行儀の悪さも板につくとサマになって見えるものかしら)
ウリカの内心を読みとったわけでもないだろうが、錬金術師がふっと笑う。その唇がいたずらめいた弧を描いた。
「何なら、昼食の面倒もみよう。お嬢さま方の口に合うかは保証しかねるがな」
相変わらず一言多いな、と呆れながらも、子爵令嬢は「ありがとうございます」と礼を述べた。
ジルケとともに二人掛けのソファーに座るウリカは、紅茶を飲んで一息つく。碧い瞳がちらりと錬金術師の手元を映した。
彼の手にはティーカップではなく、取っ手のついた円筒状のコップが握られていた。その中には独特の香りを漂わせる黒色の液体が入っている。
ウィリアムの故郷で主流となっている『コーヒー』という飲み物らしい。
ウリカが興味津々で味見を所望したが、残念ながら聞き届けてはもらえなかった。
ウィリアム曰く――子供にはまだ早い、だそうだ。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
ソファーに座り直してコップをテーブルに置いたウィリアムは、砂色の双眸でウリカを見据える。
余計なトラブルを拾ってきたせいで遅くなってしまったが、ここに来た目的をようやく果たせそうだ。
ティーカップをテーブルに置いて、ウリカは背筋を伸ばした。
「あなたは錬金術を続けていく上で最も大切な素質は根気だ、と言いました。そして私の飽きっぽさを理由に、向いていないと判断した」
まずは『宿題』の答え合わせ。それに合格すれば話を聞いてくれると、先日ウィリアムは言っていた。
ウリカはまず、入口に立つための試金石に挑まなければならない。
「私の飽きっぽさの根拠として『何をやっても適度にこなせてしまうから、興味が離れるのも早い』とあなたは指摘しました。その一方で『錬金術は実験と失敗の繰り返しだから、根気がないと続かない』と説明した……この二つの言い分には矛盾があります」
「ほう……」
ウィリアムがすっと目を細める。
砂色の瞳は興味を湛えて子爵令嬢を観察していた。




