Ⅰ.変わり者の邂逅②
玄関を開けると、見慣れない少女が立っていた。
一言でいえば美少女だ。
緩くウェーブのかかった長い金髪に碧眼。まるで人形のような容姿をしている。
だが、血色のいい健康的な肌色と、イキイキと揺れ動く瞳が、確かな人間味を感じさせた。
身長はウィリアムより頭ひとつ低いくらいで、女の子としては少し高めといえる。そのぶん手足がすらりとして見えた。
淡い水色のドレスは一目で絹製だと分かる。雨上がりの湿った砂利道を歩いてきたのか、花飾りの付いた子洒落た靴が無惨に汚れていた。
一見して貴族の令嬢を思わせる出で立ち。しかしただひとつ、両腕に抱えた一振りの剣がその印象を裏切っていた。
雑木林に囲まれた辺鄙な場所にある一軒家。立派な長剣を抱きしめて佇む美少女がひとり。
違和感しかない。
「あ、あの、ウィリアムさんですか?」
意表をつかれて反応し損ねていたら、人形もどきに声をかけられた。
「……そうだが」
及び腰にも肯定してしまってから後悔した。正直イヤな予感しかしない。
(急に別の用事を思いだしたりとか……)
ウィリアムは願った。
(気が変わって帰ったりしてくれないかな……)
それはもう心の底から願った。しかし――
(無理だよなぁ……)
即座に甘ったるい希望的観測を切り捨てた。だってそんなものに縋ったところで現実は変わらない。
少女はウィリアムの愚にもつかない考えを振り払うかのように、爛々と碧眼を輝かせて微笑んだ。
「私はウリカと申します。あなたが高名な錬金術師であると伺ってまいりました」
彼女は自己紹介を済ませると、深々と頭を下げる。
「私をあなたの弟子にしてください!」
――弟子にしてください。
悪魔のような嘆願が、ウィリアムの鼓膜を乱打する。
(やっぱり出なければ良かった)
悪い予感が的中したところで嬉しくもない。
研究が思い通りにいかない最中、弟子を抱える余裕など、どこにあるというのか……。
しかもウィリアムにとって都合が悪いのはそれだけではなかった。
どうして客人の正体を確かめもせずにドアを開けてしまったのか――疲労で判断力が鈍っていたにしても浅慮が過ぎるというものだ。
今さらながらに激しい後悔が胸中に広がっていくのを感じていた。
(とにかくこの場を何とかしてやり過ごさなければ……)
ウィリアムは理性をかき集めて無表情を装った。
そして、
「断る」
簡潔に返答して即座に扉を閉める――いや、閉めようとした。
「待ってください!」
焦りを帯びた少女の声が耳朶を打つ。
がつっ、という鈍い音とともに硬い感触が手に伝わった。同時に、閉じかけた扉の動きも停止する。
何が起きたのか、すぐには判断できなかった。
わずかに開いたドアの隙間から必死の形相でこちらを睨む少女の顔が見える。
自分の手元に視線を下ろすと、扉を閉め損ねた原因が判明した。
鞘に収まったままの剣――それが扉の間に挟まっている。本来とは異なる役目を負わされてとても窮屈そうだ。
ウィリアムは唖然とした。
(何なんだこの娘は!?)
常識がお昼寝中なのか?
良家の子女のはずだが、この大胆さはなんだ!
貴族令嬢の常道を逸脱し過ぎではないか!?
社交界デビューも済んでいるはずの令嬢がこんな奔放なことでいいのか?
親の教育はどうなっているんだ?
思考が一息に駆けめぐる。
だが気を散らしていられたのもその数瞬だけだった。外開きの扉が強い力で引っ張られたからである。
すぐに両手で応戦したため、辛くも扉の開放は免れた。だがそれでも気は抜けない。相手も同じような態勢で扉に圧力をかけてくるからだ。
「どうして話も聞かないうちに閉めちゃうんですか~!」
「話ならさっき聞いた! 俺は弟子はとらん!」
扉の引っ張りあいは、二人とも全力だ。そのせいで息づかいや口調はどうしても荒くなる。
「そんな固いこと言わないでくださいよ! ドルトハイムで錬金術を学ぶには、あなたにお願いするしかないんです~!」
「なんと言われようと断る! そんな面倒事はごめんだ……諦めて、帰ってくれ……!」
女の子なのに何という力だろうか。たったひと呼吸でも気を緩めると負けそうになる。ウィリアムとてずっと部屋にこもって研究だけしているわけではないというのに……。
錬金術師というものは意外と多様なスキルが必要になる。財力がなければ余計だ。
材料を手に入れるために様々な場所を歩き回る体力。重いものを運ぶ筋力。崖登りや採掘における技術力など。
賊の類いと出くわして荒事に巻き込まれたことだってある。
どんな事態でも己の力量ひとつで切り抜けてきた経験と自負がウィリアムにはあった。
だというのに、この少女はそれに拮抗できるだけの力を見せている。
場に漂う緊張感は賊に対峙したときの比ではなかった。
(早く帰ってくれ!)
半ば本気で祈った。他力本願は嫌いだ。
でも今は祈りたい。
膠着状態のなか、先にしびれを切らせたのは少女のほうだった。