Ⅳ.不愉快への反発②
案の定、というべきだろうか……。
謁見の間で玉座に身を沈めながら、アルフレートの憂鬱は最高潮に達しようとしていた。
アウエルンハイマー公は挨拶を済ませるなり言ったものである。
「当家の次男コンラートこそ、一位殿下の首席近衛に相応しいかと存じます」
公爵の進言はアルフレートの予想以上に不快極まるものだった。
「コンラートは武術に長け、忠誠心も申し分ございません。次代の皇帝たる殿下の首席近衛に、あれほど相応しい者は他に存在しないものと自負しており、また、ご聡明な殿下にはご理解いただけるものと期待しております」
現在の首席近衛に代えて、とユリウスを目の前にして言うのだから、その厚顔たるやあっぱれである。
伯爵に過ぎないユリウスのことを見下しているのだろう。
気に食わない話ではあるが、同時に乾いた笑いがこみあげてくる。
皇子を利用して息子の爵位を得ようとする根性が見ていて不快ではあるが、その魂胆がこうまで透けて見えると、かえって怒りが霧散するのだから不思議なものだ。
アルフレートは菫の瞳に侮蔑を込めて公爵を一瞥する。
「ケンカが強いことと、戦いを知っていることは別物だぞ」
嫌味をたっぷりと込めてアルフレートは提案を叩き返す。
しかし公爵は鈍感だった。
「では、コンラートとベルツ伯を立ちあわせてみては如何でしょうか? 実力の違いを見れば、双方、納得がいくものと思われますが」
趣旨のかみあわない公爵の返答に、アルフレートは失笑した。
「貴公の思考能力は鈍重だな。私が強さと従順さだけで近衛を選んでいると思われるとは、低く見られたものだ……なあ、ユリウス」
菫の瞳をちらりと移動させて、渦中にいるはずの騎士に話を振ってみる。しかし振られた当人は無言のまま、ただ視線を返すだけだった。
相変わらずだな、と内心で舌打ちしつつ、視線を公爵へと戻す。
「文武に長けていなければ、私の近衛は務まらない。首席近衛はその最たるものだ」
先ほどのユリウスのように、政に対しても的確に諫言できる知性と度量。
アルフレートが求めるものは、ただ忠実なだけの臣下ではないのだ。
それを理解していない公爵に教えてやる必要がある。
「貴公の言う『聡明な殿下』というのは、貴公の提案を唯々諾々と受け入れる傀儡のことを言うのだろう? 残念だったな。貴公が期待するような聡明な皇子ではなくて」
そう皮肉を飛ばすと、アウエルンハイマー公爵は戸惑いに焦茶色の瞳を眇めた。
「いえ、私はそのようなつもりで申し上げたわけではなく……」
「貴公がどう捉えているかは知らないが」
アルフレートは公爵の弁解を遮った。
白々しい釈明など時間の無駄になるだけだ。
「私はな……騎士の選定には自信があるのだ。彼らを選んだのは、ただ強いからでも忠実なイエスマンだからでもない。武力に劣らぬ知性、臆せず意見する度量と覚悟、それらを持っていると判断した故のものだ。それを承知のうえで我が近衛を侮辱するつもりならば、相応の覚悟を持ってから来るがいい」
低い声で怒りをぶつけると、菫の眼光に威圧された公爵がたじろいだ。
軽い気持ちで息子を推薦したのがよく分かる反応だった。
アルフレートは興ざめしたようにアウエルンハイマー公爵を退出させた。
続いて謁見を求めてきたパッセンハイム侯爵がやにわに娘自慢をし始めて、第一皇子は辟易に盛大なため息を吐きだすことになる。
「どこの親も、よほど自分の子が可愛いと見える」
謁見を終えて執務室に向かう道すがら、アルフレートは吐き捨てた。
もちろん嫌味だ。
彼らにとって大切なのは我が子の未来などではない。自分自身の地位と家門の繁栄。そのための皇族利用。
上級貴族になるほど貪欲で、それは顕著だった。
貴族社会ではよくあることで、今さら驚きはしない。
だがあれだけ見え透いていると、もはや乾いた笑いしか出てこない。
もっと巧妙であれば、いっそ駆け引きのしがいがあって退屈がしのげそうではあるが……。
そこまで考えて、ふと思いだした話題がある。
「最近、小耳に挟んだのだが……」
ピタリと足を止めて振り向くと、同じように足を止めたユリウスと視線がぶつかる。
「何やら噂の絶えない従妹がいるそうだな? お前の婚約者候補だとかいう」
軽い確認のつもりだった。
だから騎士の眉間にシワが刻まれた瞬間、アルフレートはちょっとだけ戸惑った。
これは、どういう感情だろうか?
目を瞬いて首を傾げると、ユリウスは気をとり直すように表情を戻した。
「ただの従妹です。婚約の予定はございません」
淡々とした口調だった――しかしいつも以上にそれは機械的で無感情に感じられた。
先ほどの反応が何だったのか、なんとなく分かった気がする。
「そうか。気分を害したのなら悪かった。ただの噂だ。あまり気にするな」
とりあえず、そうフォローだけしておく。
なんだかユリウスも苦労をしていそうだ、と正体不明の同情心にかられながらも、アルフレートは本題に入る。
「聞く限りでは、かなり奔放な令嬢のように思える。それを許している父親は、相当な正直者か、でなければ、よほどのキツネだろう」
言いながらも、アルフレートは後者だろうと決めつけていた。
令嬢の派手さに比べて、子爵家自体の話題はあまり上がってこないからだ。うまく情報を抑制している印象がある。
子爵本人については、一部でポンコツだとする噂もあるが、アルフレートの分析とは符合しない。それも含めて「キツネ」と言い表したのだ。
そして、ユリウスがそれを肯定する。
「ステファン卿は底の知れない人です。容易に真意を悟らせてはくれません」
「お前ですら底を見抜けない人物か……相当なものだな。そんな男が育てた型に嵌まらぬ令嬢……一度、会ってみたいものだ」
独白のように呟くと、アルフレートは再び歩きだした。
このあとは執務室にこもって書類と格闘する予定になっている。
とはいえ、ユリウスの助言のおかげでその量はだいぶ減らせそうだ。
アルフレートの憂鬱も少しは軽くなることだろう。
【第三章 非常識は引かれあう】終了です。
剣士ウリカの華麗な活躍!……を書くつもりだったけど、剣を抜く必要もない相手だったのが誤算Σ(´□`ノ)ノ
ウリカは『聖女さまゴッコ』を楽しんでいたと思います
アルフレートは……なんか大変そうですね(*´-`)