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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第三章 非常識は引かれあう
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Ⅳ.不愉快への反発①


 皇族の私室は後宮内にある。

 そして後宮は本殿の裏に隣接して建っていた。

 さらにアルフレートの部屋は後宮の奥深くにある。大事な嫡男をより安全な場所に住まわせるための決まりごとだから、皇子本人に選択権はない。

 だがそのせいで、どこへ行くにも移動距離が長く不便だった。

 文句を言っても仕方のないことだが、「効率が悪いな!」と思いつつ、アルフレートは謁見の間へと急いでいた。

 しかし急いでいるときに限って、邪魔が入るものだ。

「これは兄上。今日も朝からお忙しそうですね」

 背後から嫌味ばしった声が響いて、アルフレートは足を止める。

 通りすぎたばかりの部屋。その扉の前に少年が立っていた。

 ちょうど自室から出てきたタイミングらしく、後ろに控える女官が部屋の扉を閉めるところだった。

 アルフレートを『兄』と呼び、この後宮の中を自由にうろつける少年――第二皇子レオンハルト・マルク・フォン・オイレンブルクである。

 皇帝には皇后の他に二人の皇妃(きさき)がいる。レオンハルトは第二皇妃(こうひ)の長男であり、皇帝の次男にあたる。

 第一皇妃には男児がいないため、現状ではアルフレートと皇位継承権を分けあう唯一の人物だ。

 まだ幼さが残る十四歳。

 読書家で知的である、と宮中の女官や一部の諸侯から評判らしい。

 彼は海を思わせる青い瞳を鋭くつりあげて、アルフレートを見据えていた。鋼色の長い髪をかき上げながら薄く笑うさまは、どこか挑戦的な雰囲気を(かも)している。

 実際、ケンカを売りたいのだろう。この皇子がアルフレートに対して友好的だったことは、かつて一度もない。

「見て分かる通り、急いでいる。用件があるなら手短に頼む」

 アルフレートは事務的に返答した。

 相手のケンカをわざわざ買ってやる気はなかったからだ。

 そもそもアルフレートはこの異母弟(おとうと)に興味がない。

 読書家、と言えば聞こえはいい。

 しかし知識は知恵として活かしてこそ価値があるものだ。

 本で得た知識をただ鵜呑(うの)みにするだけでは、本当の意味で物事を知っているとはいえない。

 レオンハルトはそこが不足している――アルフレートの目にはそう映っていた。

 第二皇子がむっと顔をしかめる。兄のぞんざいな口調が気に入らなかったのだろう。

 だがすぐに気をとり直して、口の()をつり上げる。

「最近仕事が(とどこお)るようになったと財務長官が嘆いていましたよ」

 兄上が国政を執るようになってから――レオンハルトの口調はそう言いたげだった。

「ああでも、彼は文句があって言ったわけではないみたいですよ。兄上を心配しているようで」

 アルフレートの反応を待たずにレオンハルトは(まく)し立てる。

「年若い皇子には荷が重いだろう、何も手助けできないのが心苦しい、と悩んでおられたようです。それを聞いて私も反省しました。何もかも兄上にお任せするのではなく、私こそがお手伝いなり考えるべきだったのではないか、と……」

 立派な心意義を告白して、レオンハルトは自分の胸に手をあてる。

「至らぬ身とは百も承知しておりますが、私にもできることがあればお手伝いさせていただきたいと思っております。ですので、何かあれば遠慮なくご相談ください」

 兄を案じる弟よろしく、レオンハルトは笑みを浮かべる。

 しかし海色の瞳は蔑みの色に陰っていた。

(そういえば、回ってきている書類は、財務官府からのものが特に多かったな)

 それを思いだして、なるほどな、とアルフレートは納得した。

 どうやら無能でも怠慢でもなく、いやがらせの可能性が高そうだ。

 レオンハルトの様子を見るに、この異母弟(おとうと)自身は財務長官と連携しているわけでもなく、単純に攻撃材料を見つけて、はしゃいでいるだけなのだろうが……。

 なんにせよ、ユリウスの助言の正しさが証明されたようである。

「気遣いは不要だ」

 アルフレートはあくまで表情を変えず、熱のない瞳で異母弟(おとうと)を見る。

「くだらないことに気を散らさず、しっかり勉学に励んでいればよい……至らぬ身だと自覚しているなら尚のことな」

 目を眇めて余計な一言をつけ足すと、レオンハルトが柳眉を逆立てて激昂した。

「兄上にご忠告申し上げる! 代理を務めているからといって、皇帝の権力を自分のものだなどと思われないことだ!」

 鋭く吐き捨てて、レオンハルトは自室に戻った。

 外出の気分ではなくなったらしい。

 あの異母弟(おとうと)は、アルフレートが権力を私物化したがっているものと思っているようだ。おおかた交流のある公爵辺りから、アルフレートに対する愚痴でも聞かされているのだろう。

 それはそれで(あわ)れなことだ。

 アルフレートは小さくため息を吐きだして、再び謁見の間へと向かった。

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