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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第三章 非常識は引かれあう
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Ⅲ.憂鬱の皇子①


 この日は朝から気だるかった。

 夢見が良くなかったせいだろうか……いや、それはいつものことだ。

 要因は今日これからの予定にある。

 アルフレートはちらりと時計を確認する。

 二の鐘(午前九時の報)が鳴ってから半刻、十時が近づきつつあった。

 自室に(そな)えられた椅子に身を沈めながら深く息を吐く。

 机には数枚の書類が散らばっている。アルフレートはその中の一枚を手にとった。

 この日の謁見予定が記されている。

 気鬱の原因は一番上に書かれている謁見希望者の名前にあった。

 アウエルンハイマー公ホルスト。国の軍部を司る三元帥(げんすい)のひとり。

 何が問題かといえば、基本的に国軍の人間はユリウス・フォン・ベルツと折りあいが悪いのだ。

 この国の武官は大きく分けて三種類。

 王都に身を置き、国全体の治安をまもる国軍(こくぐん)武官。

 王都以外の領地に身を置き、その領主に従う地方武官。

 皇帝直属の騎士隊に身を置く皇軍(こうぐん)武官。

 この三つは指揮系統が異なり、それぞれの司令官は次の通りである。

 国軍は軍部三公爵とも呼ばれる三人の元帥。

 地方軍はその地域の領主。

 皇軍は皇帝、となっている。

 皇族の近衛騎士を務めるユリウスは皇軍に属している。

 皇軍では皇帝の代わりに、その首席近衛が実質的には司令官を担うことが多い。

 伯爵風情がそんな大それた地位につくなど、三元帥にとって面白い道理がなかった。

 その三人のうちのひとり。(しろ)元帥アウエルンハイマー公爵の腹づもりを考えると、どうしても気は重くなる。

 だからといって、皇子の一存で謁見を拒否するわけにもいかない。

 広く民の声を聴く――その大義名分のもとに定められた法律を無視することはできないからだ。

(余計な法を作ってくれたものだ……)

 つい初代皇帝への文句がこぼれる。

 建国当初であれば、確かに意義があったのかもしれない。

 だが今では上級貴族がただ()を通すだけの場に成り下がっているのだ。

 そんなことに時間を浪費させられるくらいなら、溜まる一方で一向に片付く気配のない書類と睨みあいをしているほうが、はるかにマシである。

「面倒くさい……」

 思わず愚痴を吐きだしたとき、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

 アルフレートには侍女がいない。アルフレート自身が拒否したからだが、そのぶん自分のことは自分でしなければならなかった。

 部屋の入口まで移動して扉を開けると、そこには予想通りの人物が立っていた。

 白地に青い龍の刺繍を(ほどこ)した軍服に青色のマント。皇軍に所属する騎士の証を身にまとったアルフレートの近衛騎士だ。

「ユリウス・フォン・ベルツ。殿下のお迎えに上がりました」

 規定通りの挨拶をしてから、ユリウスが表情を曇らせる。

 琥珀(こはく)色の双眸(そうぼう)が、部屋の奥に見える机を映していた。

 乱雑に放りだしてある書類に対して文句でも言われるのかと思ったが、その予想は外れた。

「殿下……私室は休むための場所です。執務はお控えください」

 ユリウスは生真面目な表情でそんな注意をする。

 おかしい。勤勉であることを責められた。

「書類が溜まっているのだから仕方あるまい。それとも、手伝ってくれるとでも言うのか?」

 へんっ、と胸を張って反論する。

 これは嫌味のつもりだった。

 この騎士は、自分が武官であることにこだわる男だ。文官の領域に軽々しく踏み込むべきではない、と考えているらしく、アルフレートがその(たぐ)いの話を振っても応じないのである。

 だから今回も事務的な口調で断るのだろう――そう高を(くく)っていた。

「分かりました」

「は?」

 だから予想外の返答が返ってきて、アルフレートは思わず間抜けな声をあげてしまった。

 しかし――

「あとで書類の仕分け程度なら、お手伝い致しましょう」

 続く騎士の言葉に肩透かしを食って、皇子は消沈する。

 その程度なら宮廷女官にだって任せられるではないか……。

 そんな単純な仕事を頼みたいわけではない。

 だがユリウスは言うのだ。

「それで、書類の半分以上を減らせると思います」

 意表をつかれたアルフレートは、(すみれ)の瞳を瞬かせてから、訝しげに眉根を寄せる。

 その表情にはわずかな怒りが(にじ)んでいた。

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