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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第三章 非常識は引かれあう
23/153

Ⅰ.さわやかな朝に①


 ウリカは馬を走らせていた。

 王都ドルトハイムの市民街。その東側へと向かう内壁沿いの通りだ。

 錬金術師の家を訪ねた翌々日の朝早く。再度の弟子入りを願いに行く。その途中のことである。


 今日は馬屋番が仕事を始めようか、という時間に合わせて家を出てきた。

 服装は動きやすいパンツスタイルで、髪はポニーテール。剣はホルダーで腰にぶら下げてある。

 先日と違って自由度が格段に上がった格好は、ウリカの(しょう)に合っていた。


 まだ人の通りが少ない朝方。軽快に馬をとばすのは気持ちがいい。


 この辺りは倉庫街と呼ばれる一画で、文字通り商業用の倉庫が数多く建ち並んでいる。

 明確な目的を持った者しか足を運ばない区画であるため、朝方でなくとも人気(ひとけ)は少なく、そのぶん治安がいいとは言えない場所だ。


 だからというわけではないが、ふと視界の端に引っかかった人影が気になって、ウリカは馬を止める。

 耳を澄ますと、路地の向こうから話し声が聞こえてきた。


 馬から降りて手近な木に手綱を(くく)りつけたウリカは、声のする路地へと向かった。


 馬を走らせていた通りの南側に広がる商店通り――そこへとつながる細い道の一角である。


 少女が一人に、体格のいい男が二人。何やら言いあいをしている姿がそこにはあった。


「……さっきも言ったように、君みたいな子供が一人でこんな場所をうろつくのは危ない。家まで送ってあげるから、どこに住んでるのか教えてくれないかな?」


 男の一人が優しげな口調で少女に話しかけている。


 中背だが整った筋肉の持ち主だ。迫力のある体つきをしているが、浮かべた笑顔は、いかにも人の()さそうな雰囲気をまとっている。


 その隣にもう一人。ちょっと小太りな印象の男がいた。こちらも中背だが、横幅の分だけ体はひとまわり大きく見える。小太りとはいえ、動きそのものに鈍重さは感じない。

 ぱっと見には、大工や鍛冶屋を連想させる二人だった。


 一方の少女は、警戒心を()きだしにして男たちを睨んでいた。


「必要ないと言っている。私に構うな!」


 差しだされた男の手を払いのけていきり立つ少女は、十歳くらいだろうか。

 赤みがかった紫色の頭髪は汚れもなくきれいで、服も上物の(シルク)をまとっている。

 ドレスではなく、青地のシャツと白地のスラックスを身につけていて、全体的にヒラヒラとした飾りが目につく衣装だ。

 貴族か豪商の娘であるのは間違いないだろう。


 勝気そうな瑠璃(るり)色の瞳で男たちを睨む姿は、外敵を前にした猫のようにも見えた。


「そうは言ってもな……お嬢さんみたいな子に何かあったら大事(おおごと)だよ」


 目尻を下げて頭をかく筋肉質な男に同意するように、もう一人の男も優しく少女に声をかける。


「そうだよ。とりあえず貴族門まで送ってあげるから、一緒に……」


 小太りなほうが少女の手を掴んだ。その瞬間である。


「放せ! 汚ない手で触れるな!」


 彼女は条件反射のように激昂(げっこう)した。


 これはまずいかもしれない……。


「なんだと……」


 ウリカの予想通りに、小太りな男から剣呑(けんのん)な声がもれた。


 少女が顔をしかめる。


 男は彼女の手を離してはいなかった。怒りを(にじ)ませた手に、必要以上の力が入ったのだろう。

 こちらの男のほうは気が短かそうだ。


 一触即発の空気が場を支配する。


(さすがにこれ以上は、傍観(ぼうかん)していられないかな)


 観察タイムは終わりにすべきだろう――そう判断して、ウリカは彼らに歩み寄って声をかけた。


「失礼。状況を説明してもらえるかしら?」


 突如場に割り込んだ明るく友好的な声は、能天気にも聞こえたかもしれない。


 三人の注意が一斉にウリカのほうを向いた。

 不審感を湛えた三様の視線が、得体の知れない少女の姿を映す。


 腰に剣をぶら下げた令嬢――馴染みがないのは当然で、警戒するのも当たり前の反応だろう。

 だからウリカは気にしない。


「突然ごめんなさい。不思議なとり合わせの人たちが、なにやら言い争いをしているように見えたものだから、気になってしまって」


 変わらぬ能天気さでにこりと微笑む。

 呆気にとられた小太りさんが、思わず少女から手を離した。


 少女はすかさずその場から逃げだすと、ウリカのほうに駆け寄って、隠れるようにその背後に回り込む。

 ウリカを『味方』と認識したらしい。助けにきた、と言った覚えはないのだが……。


「誤解しないでくれよ。俺たちは、その子が一人でうろついてたもんだから、心配になって声をかけただけなんだ」


 筋肉質なほうの男が、ちょっと慌てた様子で弁解した。

 無理もない。見た目だけでいえば、自分たちのほうが圧倒的に悪役然として見えるのだから。

 普通の令嬢であれば、偏見で彼らを悪役と決めつける可能性が高いのは事実だろう。


「この辺りは人気(ひとけ)もないから物騒だし、アンタも気をつけたほうがいい」


 釈明のように忠告してみせる男は必死な様子だった。


 確かに彼らの言い分には筋が通っている。先ほど観察した会話とも整合性はとれる。


「そうですか。心配してくださって、ありがとうございます」


 無邪気に笑いかけると、男たちは不思議そうに顔を見合わせた。


(だいたい分かったかな……)


 状況分析を済ませて、ウリカはひとり納得する。


 しかし――


(もうひとつ、確認しておこうかな)


 (あお)い瞳に好奇の色を宿して、子爵令嬢は薄く微笑んだ。

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