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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第三章 非常識は引かれあう
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Ⅱ.訳ありの少女①


 この日は厄日か吉日か。

 瑠璃(るり)色の瞳をもつ小さな少女――ジルケにはまだ判断がつかない。

 家族の目を盗んで抜けだすチャンスを得られた早朝はラッキーだと思った。

 人気(ひとけ)のない道に迷いこんで男たちにしつこく絡まれたときは運がないと思った。

 そして突然どこからか割り込んできた、どこかの令嬢らしき少女の出現で、自分の運がどちらに向いているのか分からなくなった。

(なんなのだ、あの女は……)

 小太り男に抵抗することも忘れて、ジルケはキテレツなものを見るように正体不明の令嬢を睨んだ。

 ついさっきまで聖女ぶっていた彼女は、酷薄に笑って目を細める。

 状況を理解していないのだろうか……そう思ったのは、男が言ったように思考回路がお花畑なのかと疑ったからだ。

 しかし――

(違う……)

 きっと、お花畑は男のほうだ――直感的にそう思った。

 ジルケが見つめる先で、筋肉男とエセ聖女の会話は続いていた。

「ここにきて哀れな小娘を見捨てるってのか? だったらなんのために出てきた?」

「あら、見捨てるなんて言ってないわ。自分の身を犠牲にするつもりがないと言っただけよ」

 屁理屈のような言い草に男が目を眇める。

「まるで勝算があるみてえな口ぶりだな」

「ええ。だってあの子に人質としての価値なんてないもの……大事な商品に自ら傷をつける商売人なんていない。そうでしょ?」

 なるほど。言われてみれば確かにそうだ。

 ジルケは素直に納得したが、令嬢の手を掴んで放さない男は鼻で笑う。

「ずいぶん小賢しい口を利いてくれるが、虚勢を張るのもそこまでにしておけ。いくらご立派な剣をぶら下げていても、利き手を封じられたら手も足も出ないだろ?」

 男が勝ち誇るように言うと、正体不明の令嬢はふっと息を吐きだした。その肩が小さく震える。

 男の言動に怖気(おぞけ)()っているのかとも思ったが、彼女が浮かべる表情は楽しげだった。

 そして言うのである。

「右手以外は出せるわよ」

「は?」

 すぐには意味が分からなかった。

 男も同様だったようで首を傾げる。

 そして彼女には、その一瞬で十分だったのである。



 油断を見せた男の(ふところ)に飛び込んだウリカは、その鳩尾(みぞおち)に左(ひじ)を打ちつける。

 男の体がくの字に曲がった。その反動で、掴まれていた右手が解放される。

 自由をとり戻したウリカは、男の左腕を両手で捕まえて思いきり引っ張った。

 体勢を崩されまいとして男が踏ん張る。その軸足を払うと、男の体はあっけなく宙を舞った。

「ぐぁっ!」

 男は背中を(したた)かに打ちつけてうめき声を上げる。

 凶悪なのは、ウリカが男の上体をしっかりと固定(ホールド)して受け身をとれないようにしたことだ。そのせいで息が詰まるほどの衝撃が男を襲った。

 体重移動の瞬間(タイミング)をうまく狙えば、ウリカでも大の男を投げ飛ばすことができる。しかも相手は『商品』に傷がつくことを恐れて、下手な反撃ができないのだ。

「素手の相手に剣を使うなんて勿体(もったい)ないことしないわ。剣は使い減りするのよ」

 軽口を叩いて相手の神経を逆なでする。

 お貴族さまにしてはケチくさい理由だが、これは全くの本心だからウリカは気にしない。

「このヤロー! なにしやがる!」

 挑発にのって逆上したのは小太り男のほうだった。

 大事なはずの人質をあっけなく放りだして、彼はウリカに殴りかかってくる。

 単純バンザイである。

 勢いよく放りだされて後方に弾かれた少女が、哀れにも尻もちをついた。

 彼女は瑠璃(るり)色の瞳をつり上げてこちらを睨む。状況を(かんが)みて我慢してほしいものだ。

 小太り男が鬼気迫る形相で突進してくるが、その動きは直情的で読みやすい。

 ウリカは拳が届く寸前で身体を右に捻ってかわす。そのまま男の背後に回り込むと、その背中にひざ蹴りを叩き込んだ。

 男は突っ込んできた勢いにさらなる加速をつけて、前方に転がった。

 相手の勢いをそのまま利用した攻撃だから、ウリカの労力は最低限ですむ。

 いとも簡単に男たちを地面に転がした令嬢の姿に、場にいる全員が唖然とした。

 剣を持っていても、しょせんは貴族のご令嬢。お上品な戦い方しか知らないと思っていたのだろう。

「……んな、バカな……」

 正直な感想が筋肉質な男から吐きだされる。

 まだ投げ落とされたダメージが残っていて、うまく体を動かせない。

 足元に転がる筋肉男を見下ろしたウリカが口の()をつり上げた。

「私の父は過保護なの。だから危機回避のために色んな戦い方を教えてくれたわ」

「過保護!? それは過保護なのか!? 俺の知ってる過保護と違う!!」

 納得いかない様子の男が癇癪(かんしゃく)のように叫ぶ。

 真綿で包むような印象が一般的な感覚ではあるだろう。男の言い分は尤もだ。

 しかしそんな固定観念を笑い飛ばすのが、変わり者と評判の子爵令嬢なのだった。

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