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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第三章 非常識は引かれあう
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Ⅰ.さわやかな朝に②


 だいたいの状況は把握できたし、このあとの対処法も決まった。

 その上であとひとつ、確かめたいことがある。

 ウリカは男たち二人に向けて朗らかな笑顔を貼りつけた。

「あなたたちの主張は理解しました」

 能天気な声を響かせる令嬢を、男たちは訝しげに見つめる。

 自分が観察されていることを自覚しながらも、ウリカは背後に隠れる少女にちらりと視線を向けた。

「けれど、彼女も彼女なりに自衛の意識を高く持っているが(ゆえ)の言動だったと思うんです」

 ウリカは心の中で自分の発言を笑う。

 この主張が決定的な矛盾を(はら)んでいると分かっているからだ。

 男たちはそれに気づかないのか、何も言及してはこなかった。

「そうなのでしょう?」

 ウリカが同意を求めるように目を向けると、少女はこくりと小さく頷いた。わずかに緊張が解けたように見えるのは、代弁者がいると分かったからだろうか。

 しかしウリカは助け船を出したつもりなどないのである。

「でも、あなたも悪いのよ」

 少女に向けてそう指摘すると、場にいる全員が驚きに目を見開いた。

 三人から三様の戸惑いが感じられる。みんなウリカの言いたいことが分からない様子だった。

 彼らに言葉の意味を説明してやる必要があるだろう。

「あなたはさっき『汚ない手』と言ったけれど、彼らの手が汚れているのは当然のことだわ……だって、彼らは働いているんだもの」

 そんなの当たり前のことだと誰もが言うだろう。

 しかし何をもって当たり前だと言うのか――その認識は貴族と平民とで大きな落差がある。

 手を汚し身を削って働かないと生きていけないから……平民たちにとってはそれが当たり前の感覚だ。

 だが貴族たちはたった一言で済ませる。(いわ)く――平民だから。

 果たしてこの小さな少女の認識はどうだろうか?

 そんな興味を抱いてウリカは話を続ける。

「彼らは生活のために、自らの手で様々なものを生産してる。親の財産でそれらを享受(きょうじゅ)しているだけの私やあなたみたいに、きれいな手のままではいられない」

 市井(しせい)では、子どもたちも親の手伝いで手が汚れる。水は貴重な資源だから、手を洗うのは食事の前くらいのものだ。

 ウリカは男たちに歩み寄って、筋肉質な男の手をそっと握る。

「市井の人たちが手足を汚しながら作ったものが、私たちの豊かな生活を支えているのよ」

 それをあしざまに言うのは、まさに『平民だから』と両断する貴族的な思想だ。

 ウリカが問題にしているのは、そう指摘されてなお同じ言葉を繰り返すか否か――固定観念に縛られる精神構造(メンタリティ)かどうか。それを知りたいのである。

 はたして、少女は眉尻を下げて項垂(うなだ)れた。

「すまなかった……」

 ウリカは軽く眉を跳ねあげて少女を見る。

(へえ……)

 こうまで素直に謝るとは、正直意外だった。

 さすがはこんな所に()()()()とひとりで来るだけはあるな、と思ったのである。

 面白い――思わず笑みがこぼれた、その時だった。

「おやさしいことで……」

 低いつぶやきが子爵令嬢の耳朶(じだ)を打つ。揶揄(やゆ)的だがどこか(ほの)暗い響きがあった。

 それと同時に、右手首を強い力で掴まれた。

 視線を移さずとも分かる。先ほどまで穏やかさを装っていた男から、肌に刺さるほどの殺気を感じる。

 碧眼を眇めて男を見ると、剣呑な眼がウリカを睨んで黒光りしていた。

「俺たちのことを理解してますって口を叩いて、聖女さま気どりのつもりか? 勇ましい格好をしてても、しょせんは世間知らずのお嬢さまだな」

 どうやら『聖女さまごっこ』はお気に召さなかったらしい。

「どれだけ慈愛に満ちていようとなぁ……お貴族様のきれごとなんざ、反吐(へど)が出るだけなんだよ」

 まあそうだろう。男の言い分は尤もだ。

 言葉を飾るのに労力はいらない。耳触りのいい言葉を並べたてて理想を語ることなんて誰にだってできる。

 言葉が重く響くのは、実績あってこそだ。

 むしろあれで感動なんてされたらどうしようかと思っていた。

 ウリカは咽喉(のど)の奥で小さく笑う。だがそれを表には出さない。

「ごめんなさい。私の言葉が気に障ったのかしら」

 なおも慈愛の微笑みを浮かべて聖女さまごっこ(ムーヴ)を続けると、目の前の男は歯を剥きだして怒りを(あら)わにした。

「お前みたいなお花畑が俺たち平民の不幸を増長させるんだよ。ちょっとはそれを自覚しやがれ!」

 ドスを利かせた声で令嬢を怒鳴りつけた男は、視線を動かして仲間の男に指示をだす。

「そっちのガキもしっかり捕まえておけよ!」

 場の状況に混乱していた少女が、男の言葉にはっとして慌てて逃げだそうとする。しかし時すでに遅く、いつの間にか少女のそばまで移動していた小太り男が、すかさず彼女の腕を捕まえた。

 最初に思った通り、体型の割りには動きが素早いようだ。

「どっちも上物だ。きっといい値で売れるぜ」

 筋肉質な男が脅しめいた言葉を吐きだして、にやりと口角をつり上げる。

 怖がらせたいのだろう。

 だが生憎リクエストに応えてやる義理はない。

「心外ね。私は値段がつけられるほど、安くないわよ」

 ウリカは軽口を叩いて、手を振りほどこうと(こころ)みる。しかし筋肉量のケタが違いすぎて、男の手はびくともしなかった。

「おっと、無駄なことはしないほうがいいぜ。こっちには人質もいることだしな」

 男は得意げにせせら笑うが、ウリカはきょとんと目を瞬いた。

「あら。あの子は何の関係もない赤の他人よ。自分の身を犠牲にしてまで、助ける理由はないわね」

 場にいる全員がそれぞれの顔に驚きの色を貼りつけた。

 聖女さまを気どっていたはずの令嬢が、三人の反応を楽しむように唇の端を持ちあげる。

 彼女の碧い瞳は、雲間から射し込む朝陽を反射して不穏な煌めきを放っていた。

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