Ⅳ.女主人は強し③
夜。ベルツ家には、久しぶりにティータイムを楽しむ母子の姿があった。
ユリウスはテーブルを挟んで母と向かいあい、傍らには母子の会話を邪魔しないように、ハインリヒが控えている。
「……そう。とりあえず、必要な手続きや引き継ぎは無事に終わったのね」
「ステファン卿が手伝ってくださったので、特に問題もなく片付きました。ここ最近は殿下の業務が一時的に増えているので、まだしばらくは気が抜けませんが、何とかこなせると思います」
現状の報告をひと通り済ませて、ユリウスは紅茶に口をつける。クセのない爽やかな香りが食後の口直しにぴったりだった。
(さすがはハインツ。いい選択をするな)
執事の的確な茶葉選びに感心したユリウスは油断していた。
「ところで、ユリウス……」
何気なく息子に声をかけた母親は、ごくさりげなく聞いてきたのである。
「あなた、いつになったらウーリに求婚するの?」
ユリウスは飲みかけの紅茶を盛大に吹きだした。
ひどい不意打ちをくらった気分で、思わず母親を凝視する。
予測を裏切る内容な上に、ある意味タイムリーすぎて、なんとタチの悪い問いかけだろうか……。
ハインリヒがすかさずこぼれたお茶を拭きとって、減った分を注ぎ直した。そして何ごともなかったように、背筋を伸ばして再び傍らに控える。先代仕込みの鮮やかさだった。
ユリウスはむせながら母に反論する。
「なんですか突然!? そんな予定は、後にも先にもありませんよ」
「あらそうなの? その歳になっても婚約者の一人も作らないから、てっきりあの子が大人になるまで待っているのかと思ったのに」
その口調はさりげなさ過ぎて、わざとなのか本気なのか読みとれない。
「あなたもですか……」
ユリウスはシルヴァーベルヒ邸で聞いた貴族たちの噂話を思いだして、ついうんざりと呟いてしまった。
「? 何のこと……?」
「いえ、なんでもないです」
ひとつ咳払いをして、気をとり直す。
「あれは妹のようなものです。家族として大切には思っていますけど、それ以上の感情はありません」
「そう、残念ね……あなたがウーリと結婚してくれたら、本当の親子になれるというのに」
息子をダシに使わないでほしい、という言葉は、辛うじて紅茶と一緒に飲み下した。
カタリーナ夫人はあからさまにがっかりした様子で、紅茶を一口。
「お似合いの二人だと思うのだけれど……」
カップをソーサーに戻すと、暗赤色の双眸をハインリヒへと移してにこりと微笑む。
「ハインツもそう思うでしょう?」
「左様でございますね」
若き執事が迷いなく反射させた返答に、ユリウスは再び吹きだす羽目になった。
「お前に裏切られるとは思わなかった」
ユリウスは自室に引き上げてから、責めるような視線をハインリヒに送る。
「は?」
わざとなのか本気なのか、測りかねる返事が返ってきた。
ハインリヒは、長年ユリウスの世話役として側にいる人物で、ユリウスにとっては兄のような存在だ。
二歳ちがいとはいえ、ユリウスよりもだいぶ大人びた印象を持っている。
濃紺の髪を後ろに撫でつけているせいで黒い瞳が剥きだしなのに浮かべる表情には隙がなく、真意を測らせてくれないところがある。
「ウーリとの話だ。何なりとフォローするかと思えば、まさか母上の肩を持つとはな」
ハインリヒはくすりと笑った。
「この屋敷の人事を握っておられるのは大奥様ですから。機会があるときに点数を稼いでおきませんと」
悪びれもせずに言ったものだ。しかも言い草がどこか嫌味くさい。
だが反論に困る返答でもあった。
ハインリヒの言う通り、貴族屋敷で人事をとり仕切るのは、基本的に女主人の役目だ。ユリウスには未だに妻がいない。だから現状で、この屋敷の女主人はカタリーナということになる。
早く結婚してみせろとでも言われている気がして、言葉に詰まるのだ。
若き執事は、ユリウスやカタリーナから愛称で呼ばれるほど、この屋敷に馴染んでいる。その分よくも悪くも遠慮がない。
「本当にウリカ様に求婚されるおつもりはないのですか?」
「ない」
気心が知れているはずの執事がしつこく話を蒸し返そうとするので、つい子供じみた言い方をしてしまう。
主の反応を面白がるように、ハインリヒが目を細める。
ユリウスはため息を吐きだして、執事を睨んだ。
「逆に聞くが、お前は俺とウーリがつり合うと思うのか?」
ハインリヒは口の端を持ち上げて、きっぱりと答えた。
「いいえ」
ユリウスを見るその表情は、どこか意地悪な雰囲気を醸していた。
【第二章 街外れの錬金術師】終了です。
フォローのつもりで無邪気に従兄の心を抉る子や、主をからかう執事が書いていて楽しかったですね(人´▽`*)♪
……ユリウスをいじめたい訳じゃないですよ?




