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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第二章 街外れの錬金術師
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Ⅰ.子爵からの忠告①


 貴族の屋敷には、正門の他に裏門が、正面玄関の他に裏口がある。基本的には使用人や商人の出入りに使われているが、身内や親しい友人が裏の入口を利用することも多い。

 裏口からシルヴァーベルヒ邸に入ったベルツ伯爵家の若き当主――ユリウスは召使い(フットマン)の出迎えを受けた。

「ようこそお越しくださいました、ベルツ伯爵」

 ユリウスの父親はシルヴァーベルヒ子爵ステファンの親友だった。長年に渡って両家の交流は続いており、使用人の中にも見慣れた顔が多い。

「ステファン(きょう)はいるかな? 取り次ぎ願いたいんだが」

(かしこ)まりました。客間(サロン)でお待ちいただけますでしょうか」

 出迎えてくれた召使い(フットマン)は、慣れた様子で手短に()け合った。

「ありがとう」

 ごく短い遣りとりで意志疎通できるこの雰囲気は、いつ来ても落ち着くものだった。

 召使い(フットマン)が取り次ぎに走るのを見送って客間(サロン)に向かおうとしたときである。

「ユリウス兄さん!」

 後ろから元気な声が響いた。

 聞き覚えのある声に振り向くと、赤毛の少年が無邪気な笑顔で駆け寄ってくるのが見えた。

 さらにその後ろには、ウリカの侍女であるハイジの姿もある。

「久しぶりだな、ジーク」

「お久しぶりです、ユリウス兄さん。お会いできて嬉しいです」

 緑色の瞳を宝石のように輝かせながら再会を喜ぶ少年は、ユリウスにとって父方の従弟にあたる存在だ。

 ジークベルトの母親であるクリスティーネは、ユリウスの父――先代伯爵エーリッヒの妹なのである。

 ジークベルトは、活発で体を動かすのが好きなウリカとは正反対の性格をしている。

 落ち着きがあって、読書好き。十三歳とは思えない大人びた雰囲気を持っているが、ユリウスの前では年相応の表情を見せることが多かった。

 兄弟のいないユリウスにとっては『兄』と呼んで慕ってもらえるのが素直に嬉しい。姉のウリカに可愛いげがないから余計かもしれない。

「元気にしていたか?」

「はい」

 弾んだ声で答えたあと、しかし少年は肩を落とした。

「エーリッヒ様のことは、残念でした……」

 ユリウスの父親であるエーリッヒは一月(ひとつき)半ほど前に、病によって他界していた。病の原因はいまだよく分かっていない。

 父が病床についてから息を引きとるまでの二ヶ月間、仕事や雑事に追われてシルヴァーベルヒ邸に来る余裕がなかった。だからジークベルトと会うのは本当に久しぶりだった。

「僕がもっと大人だったら、少しはユリウス兄さんのお役に立てたかもしれないのに……」

 十三歳の少年が気に病むことではない。そう思うが、ジークベルトの大人びた思考はそれを許してくれないのかもしれない。

「俺は大丈夫だよ、ジーク。心配してくれてありがとう」

 赤銅(しゃくどう)色の頭をなでてやると、少年は困惑するように目を瞬かせる。

 だがすぐに安堵(あんど)の微笑みに変えて、目を細めた。

(ウーリもこのくらい可愛ければなぁ……)

 つい無意味な思考が巡ってしまう。

「立ち話もなんですから、客間(サロン)に移動しましょう」

 従兄弟たちの再会に水を差さないようにとタイミングを見計らっていたハイジが、よい頃合いかと判断して声をかける。

「私はお茶を用意してまいります」

 気の利くメイドに(うなが)されて、ユリウスたちは客間(サロン)へと向かうことにした。

 シルヴァーベルヒ邸には一階に二つの客間(サロン)がある。ユリウスが来訪した際には、決まって屋敷の奥のほうにある陽当たりのいい部屋に通される。

 今もそちらに向かって従弟の少年とともに廊下を歩いていた。

 その道すがら、ジークベルトがクライルスハイム伯との縁談について教えてくれた。

 ウリカの脱走から、ジークベルトの推察まで。

 すべてを話し終えるころには客間(サロン)に到着していた。

「相変わらず、ステファン(きょう)はブレないな」

 ソファーに腰を下ろしながら、ユリウスは苦笑まじりに感想をもらす。

 ジークベルトもすぐ側のソファーに座って、同種の笑みを浮かべた。

「隙がなさすぎて嫌になりますよ……とはいえ、そのおかげで僕たちが好き勝手できているわけですから、あまり文句も言えなくて」

 ジークベルトが冗談めかして肩を(すく)めたところで、ハイジがお茶とともに到着した。

「ジークは相変わらず、読書三昧(ざんまい)なのか?」

 カップにお茶が(そそ)がれていくのを琥珀(こはく)の瞳にぼんやりと映しながら、ユリウスは従弟に近況を尋ねた。

「だといいんですけど、ウチにある本はだいたい読み尽くしてしまって、最近ちょっと手持ち無沙汰なんです」

 ジークベルトは事もなげにそんなことを言うが、恐ろしいことだな、とユリウスは驚いていた。

 シルヴァーベルヒ邸の蔵書数は他の貴族屋敷とケタが違う。

 ステファンが家督を継いだ際に、画廊(ギャラリー)にあった美術品のほとんどを売り払って、空いたスペースに本棚を設置したからだ。書斎(ライブラリー)にある本と合わせれば膨大な量になる。

 ジークベルトの知識量はすでに姉や従兄を越えているかもしれない。

 ユリウスは感心しながら紅茶に口をつけた。

 燻煙風味(スモーキー)な独特の芳香が鼻腔を通り抜ける。大陸の外から取り寄せた茶葉をブレンドしているのだろう。珍しい物好きのシルヴァーベルヒらしいチョイスだ。

 カップをソーサーに戻してから、ユリウスは従弟に提案を持ちかける。

「良ければうちに来てみるか? ここにはない本がたくさんあるはずだ」

 何故そんなことを知っているかというと、昔から、ステファンがベルツ邸まで本を読みに来ることが多かったからだ。

 子爵家で購入する本を選別する際に、友人(ベルツ家)の屋敷になさそうなものを中心に選んでいるのだろうと思われる。

 まったく、ちゃっかりした子爵だ。

「いいんですか?」

 ジークベルトが緑色の瞳を輝かせて身を乗りだした。

「好きなときに遊びに来るといい。ハインツにも話を通しておこう」

「ありがとうございます!」

 無邪気に喜ぶ従弟の笑顔に、ふと別の少年の顔が重なった。

 ついさっき別れてきたばかりの、ユリウスが(あるじ)(あお)ぐ皇子――アルフレートも、かつて無邪気に笑う時期があった。ほんの短い期間のことではあるが、あの笑顔を守りたいと思って、ユリウスは彼の騎士になることを決めたはずだった。

 しかし皇子が成人して以降の数年、彼が本心から笑う姿は見た覚えがない。

 ときおり見せる不敵な笑いは、本心を隠すための仮面にすぎない。その裏で本当はどんな表情を浮かべているのか――見ていて不安になるのだ。

 目下(もっか)の、ユリウスが抱える懸念材料である。

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