Ⅰ.もう一人の近衛騎士③
この日は朝から体調が良かった。
常時寝不足の状態にあるのがアルフレートの日常で、常に顔色が優れないのはそのせいだが、今日はそう見えないらしい。
カミルに顔色の良さを指摘されて、すぐにユリウスのおかげだとアルフレートは気づいた。昨日の晩は悪夢に怯えずに済んだからである。
昨夜アルフレートを心配したユリウスが泊まっていくと言ったときは驚いたが、同時にすごくほっとしたことを覚えている。
寝る際には、ユリウスがベッド脇でアルフレートの手を握り、眠りに落ちるまでの間、ずっと話し相手になってくれた。安心して眠りについたアルフレートは朝までしっかりと熟睡できたようで、起きぬけに「頭が妙にすっきりしている」と思ったものだ。
改めて友人という存在のありがたさを実感する。
「昨日しっかり眠れたからだな」
その呟きは、日頃の苦悩を述懐する内容でもあったが、カミルからは的外れな反応が返された。
「夜更かしはいけませんねえ。睡眠は身体を作る上でも、思考を磨く上でも、重要な要素ですよ」
寝ぼけた発言、と言いたいところだが、ひねくれ方はアルフレート以上ともいえるカミルである。アルフレートの真意を悟った上であえて的を外してきた可能性は大いにあった。
だからアルフレートも揚げ足で応じることにする。
「夜遊びが絶えないと噂のそなたに言われたくはないな」
軍人としての実力はユリウスからも高く評価されているカミルだが、その私生活はとても褒められたものではない。
端正な顔とよく回る舌で巧みに令嬢をたぶらかしては一夜で捨てる――そんな噂の渦中にいるのがカミルだ。しかもそれはただの噂ではなく、限りなく真実に近いことをアルフレートも知っている。
だが本人は悪びれない。
「ちゃんと時と場合を考えて遊んでいますよ。言いがかりをつけられては面倒ですからね」
令嬢たちの父親が聞いたら激怒しそうなことをさらりと言ってのける。
だが『言いがかり』だとするカミルの言い分も一面の真実ではある。令嬢たちに対してカミルのほうからアピールしたことは一度もないからだ。
彼女たちは勝手にのぼせ上がって、親の権力や財力を武器にカミルの心を動かそうとする。積極的に誘ってきたのはあちらのほうで、カミルはそんな彼女たちに一夜の夢をプレゼントしたに過ぎない。
そして彼女たちの父親も、娘かわいさではなく、政略の道具を醜聞で汚されたことに怒るのだ。
カミルが相手に選ぶのはそういう貴族ばかりだった。
それでも大きな問題に発展したことはない。どんな手段で彼らの文句を封じているのか、そこだけは少し興味があるアルフレートだった。
「万が一面倒ごとに発展した場合は、問題が大きくなる前に私に言え」
「おや? 助けてくれるんですか?」
「馬鹿を言うな。自分で蒔いた問題の種ひとつ摘みとれん奴に私の臣下は務まらん。切り捨てるなら早いほうが良かろう」
冷たい言葉を吐き捨てるアルフレートに、だがカミルは楽しげに笑った。
「相変わらず辛辣でいらっしゃる。まるで鋭利な刃物のようだ」
からかうような口調で主を煽ろうとするカミルを一瞥してから、アルフレートは小さく吐息する。
「お前は、毒のような男だな……」
しみじみと呟いて謁見の間へと向かう皇子は、慇懃無礼な近衛騎士に背を向けてから、わずかにその口角を持ち上げた。