処刑場・北の果て『アイスマグナ』
―北の大地ノースエンド。
雪の森を抜けた先に、周囲を防壁で覆われた広大な氷の湖が平野のように広がる。
その中心部には、『アイスマグナ』と呼ばれる、ドーム状の無機質な建物がある。
「アイスマグナ...歴代悪名高い罪人共を葬ってきた処刑場。
まさか国の英雄であるお前を処刑することになるとは」
建物内部。
マヒロを見下ろす上階の監視室からスタンフィールドが拡声器越しに語りかけた。
透明なガラスの床の上に跪く形でマヒロは座っていた。
口元を含む全身を拘束布が覆い両手両足には四方の壁から伸びる鎖が巻きついている。
そしてそのガラスの床の下には赤黒い竜のようにうねる、マグマの海がある。
「せめてもの慈悲だ。お前の執行は、部下であるブラッドが行う」
(...ブラッド?)
朦朧とした意識の中視線を向けると、ブラッドがこちらに向かって歩いてきた。
「団長。なぜ、あなたがあんなことを?」
ブラッドはマヒロから2メートルほどの位置で立ち止まり悲しげに見下ろしていた。
「あなたがトキシカントを倒した2日後。
オーリの村にあなたが現れ。
魔術のような能力で疫病を故意にばらまいた...数少ない生存者がそう証言したんです」
(違う!そんなことする訳が無い)
必死に反論しようとするが、口元を覆う拘束布により言葉を発することができない。
「私は今でもあなたの無実を信じています。
しかし、上層部や王の命には背くことができない。
それに、目撃者の話ではあなたの背中には翼が生えていた、と」
(...翼?)
「おそらくあなたに罪はない。
疫病神の呪いが発動し、身体を操られたのだろう...それが上層部が出した見解です。
いずれにせよ、あなたが危険な存在になってしまったことに変わりはない」
マヒロは全身の力を抜いて俯いた。
(そうか...意識を失っていた間にトキシカントに身体を奪われたのか...)
今まで国の英雄として、多くの民を救ってきた。
しかし、最後の最後で、悪魔に堕ちてしまった。
マヒロは絶望に打ちひしがれ、涙を流した。
(...死んで当然だ。それに、ブラッドに命を奪われるなら本望)
マヒロはすべてを受け入れ顔をあげる。
ブラッドはマヒロのすぐそばまで近づけ顔をよせた。
「20年の付き合いだ。せめて最後に友としてちゃんと別れを言わせてくれ」
ブラッドはそういうと自分の口元の防護布に手をかける。
(やめろ!ブラッド!
俺は感染者だ。その布を外したらお前も感染するぞ)
ブラッドは口元の布をずらす。
その口元には邪悪な笑みが浮かんでいた。
そして右手を自身の顔にかざすと、次の瞬間ブラッドの顔は、マヒロの顔に変わった。
(...ブラッド?どういうことだ)
「禁術・変化の魔術。これを使える魔術士は王国内でもおそらく私ぐらいだろうね。
あなたが洞窟で眠っている間、身代わりをやらせてもらったよ」
(...何を言ってるんだ?)
「さすがのあなたでも、神を倒すなんて誰も期待していなかったからね。
仮に死後の結界が発動したとしても疫病神の力があれば容易く結界を破れる。
だから、本当は疫病神にオーリの村を襲わせる、そういう計画だったのに、
あなたが期待を裏切るからいけないんだ。
結果、あんたの振りをした私が毒の魔術で余計な手を汚すはめになった。
嫌な気持ちだったよ、薄汚い村人を殺すのは」
ブラッドは億劫そうに手を左右にふる。
(...嘘だ。そんなこと)
「正義感のある英雄は国にとっては扱いづらいからね。
結果として厄介な疫病神も英雄も両方殺せて、一石二鳥。
ちなみに科学部隊の検疫結果じゃ、あんたは別に感染症にはかかっていないそうだよ。
その黒い痣はただの痣だ」
マヒロは、すべてを察した。
自分がブラッドにはめられたことを。
いや正確にはもっと上、、国の上層部に。
監視室を見上げると、スタンフィールド将軍の他数名の上官たちの姿が。
そして、今まで命を捧げてきたアシナ国国王・ノーマンのすがたもあった。
ノーマン国王は氷のような瞳でマヒロを見下している。
「あっ、そうだ最後に一言。
君の妹クロエ兵長は君の処刑に反対して軍に逆らった。
今頃拷問をうけ懲罰房にいれられている。
ちなみに彼女の拷問担当は、君の直属の部下、アストン一等兵が喜んで立候補した。
若い女をいたぶるのが楽しみだ、と涎をたらしていたよ」
マヒロは全身に燃えるような怒りを感じた。
両手両足の鎖を引きちぎり、拘束まで引きちぎろうとしていた。
「ヴヴッ!!ヴヴアアア!!」
「おいおい、嘘だろ」
『十字拘束!』
ブラッドは咄嗟に印を結ぶと、マヒロの身体を光る十字架が貫いた。
「...ぐふっ」
「ふー、焦った。それでさすがに動けないだろ」
口から血を流し身動きのとれないマヒロに背を向け、処刑場出口のとびらの方に向かい歩いていくブラッド。
「さよなら、団長」
指を鳴らすと同時にマヒロが座っていた場所のガラス板に穴があき、マヒロは穴から燃えたぎるマグマの海へとおちていった―。
「これで終わった」
笑みを浮かべるブラッドだったが、その指が震えていることに気づき動揺する。
最後にマヒロが自分に向けた憤怒の表情。
それが恐れとなり脳にこびりついている。
しばらくするとマヒロが落ちた穴を塞ぐようにドーム状に結界が覆った。
それは『死後の結界術』が発動したことを意味する。
「死んだか」
ブラッドは安堵のため息をつく。
建物を後にする際、スタンフィールドがブラッドを労った。
「ご苦労だった。今頃やつも溶けてなくなっているだろ」
「ええ、死後の結界術が発動するのも見ましたから、間違いないでしょう。
万が一やつが疫病を持っていたとしても、結界によって感染が広がることもないでしょうし」
「ああ、そうだな。対外的には疫病神を葬った場所として、一切の民間人の立ち入りは禁止することにする。
わかっているだろうが、真相を知っているのは我々だけだ。
間違っても一般兵には口外しないように」
「当然ですよ」
『 ブラッド、、お前を殺してやる』
ブラッドは寒気がして振り返る。
今のは、空耳?
「どうした?」
「いえ、何でもありません。行きましょう」
ブラッド達は飛空挺にのり込み去っていた。
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