【2章・最終話】第三師団団長・ミランダ=ルル
――マヒロ達が進む森の先にある、粉雪と温泉の町『シラユキ』。
和風の建造物が立ち並ぶ平穏な町の中心部には、ひときわ大きな城のような旅館がある。
多くの冒険者たちが疲れを癒すために訪れる、温泉のある宿だ。
その客間の一室には、第三師団団長・ミランダ=ルルが滞在していた。
「わざわざ私に挨拶しに来てくれるなんて、礼儀正しいのね。クロフォード君」
ミランダはテーブルをはさんで正面に座る、第一師団団長・クロフォードに声をかける。
「ミランダ先輩が宿泊されていると、宿の女将からうかがったもので」
「ほんと律儀というかお堅いというか、今の若い子はしっかりしているわよね。
というかさ、ここは疲れを癒す場所なんだから正座ぐらい崩しなさいよ。
せっかくなんだから一緒に飲もう!酒飲めるでしょ?」
浴衣姿で酒をあおり、あぐらをかいて寛ぐミランダと対象的に、クロフォードはかしこまった表情で正座している。
「いえ、一言ご挨拶に来ただけですので結構です。お茶を頂いたら失礼します。
それにそもそも私はお酒は飲めませんので」
「はあ、、付き合い悪いわね。こんな湯上りの美女の誘い断るかねー普通」
ミランダはため息を吐いて豪快に酒の瓶に口をつけた。
「それよりミランダさん、、服はちゃんと着てください」
「あら、別にいいじゃない。服の乱れは心の乱れとでも言いたいわけ?
あんた若いから知らないと思うけど、和服ってはだけさせるために着るものなのよ」
「違うと思いますよ」
そのはだけた浴衣からは、飽満な胸の谷間がのぞく。
クロフォードは困った表情で、目をつむり湯飲みに口をつけお茶をすすった。
長く妖艶に伸びた紫の髪に、抜群のスタイルのよさ。
そして誰に対しても分け隔てなく陽気なノリで接するミランダには、男女問わず多くのファンがいることで有名である。
彼女が「純粋魔性の悪女」と呼ばれる理由を、クロフォードはこの日改めて理解できた。
「ミランダさんは、なぜこの町に?」
クロフォードは咳払いをした後で尋ねた。
「これでも重要任務なのよ。
昔からこの町の付近じゃ『九尾の狐』の目撃情報があるからね。偵察にきたの」
「九尾、伝説のS級魔獣ですか。随分厄介な。もし戦闘になれば、一般兵では到底太刀打ちできない。それで単独行動を?」
「まあね。もともと私は基本単独行動派だし。あんたと同じでね。
それで、君はなんでこの町に?休暇中じゃなかったっけ?」
「ええ、ここは引退されたスタンフィールドさんが住む町ですので、今朝ご挨拶に自宅まで伺ってきたところです。明日には城に帰りますよ」
「えっ?スタンフィールドって、元将軍の?あいつこの町にいるの?」
「あいつって…ご存じなかったんですか?」
「知らないわよ。てか私あのおっさん前から嫌いだったし。休暇中になんて絶対会いたくないわ」
ミランダはしかめっ面で舌を出した。
反応に困ったクロフォードは、お茶を飲み干すと立ち上がった。
「それでは、私は失礼します」
「なに、もう帰るの?つれないな」
ミランダの言葉を無視して、クロフォードは出口まで歩くと、扉の前で足をとめた。
「そういえば、ミランダさん。
『アイスマグナ』に駐留していた、イチカ=シオンはあなたの部下でしたね」
その言葉に、それまで陽気にふるまっていたミランダは初めて悲し気な表情を浮かべた。
「…そのことなら無線で聞いたわ。天音マヒロ、あんなバカ疫病神の監視なんてするからよ」
ミランダは強く唇をかんだ。
「お悔やみを」
クロフォードはそう告げると部屋を後にした。
******
クロフォードが去った後、ミランダは立ち上がると窓を開け、外を眺めた。
夜空には透き通った月が浮かんでいる。
部下想いの彼女にとって、自身の妹のようにかわいがっていたイチカの死の一報は耐えがたいほどの衝撃だった。
しかし、彼女にとっての救いは、イチカの遺体が見つからなかったということだ。
ミランダは、イチカはまだどこかで生きているはずと信じていた。
「イチカ、あんたどこに消えたのよ」
つぶやいた後で、ミランダはもう一度酒の瓶に口をつけた。
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