山の神の怒り
「マヒロ、すまなかった」
「なにが?」
大の字であおむけに空を見上げたまま、テディはつぶやいた。
その隣では、マヒロが胡坐をかいている。
「十字軍の兵士というだけで、おまえや、イチカといったか、あの小娘に、勝手に憎悪をむけてしまった。
組織が同じというだからとはいえ、属するものがみな根っからの悪ではない。
お前たちを見て、気づかされたよ」
「気にしなくていいさ。あっ、それと俺とイチカもわけありでね。
今は、十字軍抜けたんだ」
「…そうなのか?」
「ああっ。あんたと同じさ。
軍や王国に巣食う悪人に復讐するために旅してるんだ」
「マヒロ…それを先に言えよ」
「あんたの性格上言っても信じてもらえないかな、と思って。男
同士なら、拳と拳で語り合ってからの方が信頼できるだろ」
マヒロが差し出した拳にテディもその巨大な拳を合わせて、笑った。
*
直後、地面を激しい揺れが襲った。
マヒロは立ち上がる。
「地震か?」
「いや、違う」
テディは目の色を変えて立ち上がる。
ステロイドによる副作用とマヒロとの闘いの代償で、立ち上がるだけで激しい痛みが襲う。
「テディ、立って平気か?」
「のんきに寝てる場合じゃねえ」
テディは体のむきを変え、左斜め上に視線を向ける。
視線の先には、標高5000メートルにもなる巨大な山がそびえたっている。
「この森は、神が棲むといわれる、シヴァドラ山の中腹にある森林だ。
俺が身勝手に暴れまわったせいで、どうやら山の神を怒らせたようだ」
「どういうことだ?」
「…雪崩がくる。それもとびきり巨大な」
二人の視界に移ったのは、はるか上空の山の中腹の巨大な雪の塊が、白い雪煙を盛大に立ち上らせながら滑り落ちてくる光景だった。
「あの場所からすると…まずいな」
「ああ、イチカやあんたの仲間のたちがいた場所に直撃する」
二人は顔を見合わせる。
テディは走り出そうとするが、身体に追ったダメージのせいですぐにその場に倒れこんでしまう。
「テディ!あんたはそこで休んでろ。俺がどうにかする」
「駄目だ!これは、仁義をかいた俺に山の神が下した罰だ。
俺の大地の魔術なら食い止められる。マヒロ頼む、俺をあそこまで連れて行ってくれ」
マヒロはうなづくと、テディを肩に担ぎ、イチカたちがいる方向めがけて走り出した。
*
いつの間にか、目を閉じ眠っていたイチカは、地面の揺れと轟音で目を覚ました。
「あれ、私…そうだお腹が空いていつの間にか眠ってたんだ。
マヒロ団長とクマさんは?」
周囲を見回すと、イチカの攻撃で意識を失ったままのウルフたちと、恐怖に身体を震わすシカの魔獣・ディアーの姿がある。
ディアーは森の先にそびえる巨大な山に視線を向けたままおびえ切った表情をしている。
イチカも同じく山の方向に視線を向けて、思わず息をのんだ。
「なにあれ…」
それは、まるで山そのものが意思をもって襲い掛かってくるかのような規模の災害だった。
数十メートルはあるはずの大木や巨大な岩石を、軽々と微塵に砕き、飲み込みながらこちらに迫ってくる。
イチカには、その光景が暴走する巨大な雪の竜のような姿に移った。
「鹿さん!狼さんたちを連れて逃げて!」
イチカは声を張り上げるが、ディアーは恐怖で動くことができなかった。
それに、迫りくる雪崩の面積から、今から逃げたとしても間に合う保証などない。
(祈術で水の壁を作れば、彼らが逃げる時間稼ぎにはなるかもしれない)
イチカは呼吸を整えると、ゆっくりと立ち上がった。
『祈術・水霊…』
その時、イチカの視界の端からテディを肩に担いだマヒロが土煙を巻き上げながら現れた。
「マヒロ!おろせ!」
「了解!」
テディは震える足を抑えながら立ち上がり、眼前に迫る巨大な流れに正面から立ち向かった。
「団長!クマさん!無事だったんですね!」
「ああ!この状態は、まだ無事とは言えないがな」
テディはマヒロとイチカの方を向き、穏やかな口調で告げた。
「マヒロ、小娘。ここは何とか俺が食い止める。
俺のファミリーたちを連れて少しでも遠くに逃げてくれ」
「テディ…お前」
「心配するな。俺の大地の魔術の力を見くびるな。
土の防御壁を作り出せば、この程度の雪崩ぐらい抑えこめる」
テディのまっすぐなまなざし。
そこに秘められた覚悟をマヒロは感じ取り、静かにうなづき返した。
テディは安心した表情でほほ笑む。
「…ありがとな、兄弟。俺のファミリーを頼んだぜ」
テディは、瞳を閉じ、両の掌を胸の前で合わせた。
(兄貴…あんたのもとに行くよ)
テディは悟っていた。
消耗した今の身体で、巨大な魔力をひねり出せば命がつきることを。
テディは、力強く目を見開く。
「山の神よ!かかってこい!
『万里土要塞壁』!!」
テディが、魔術の名を唱えた直後だった。
テディは、首の後ろに違和感を覚えた直後、突然急激な眠気に襲われた。
「な…なんだ」
テディが振り返ると、そこには指先を注射針に変えたマヒロが立っていた。
「マヒロ…お、お前…」
テディはそのまま意識を失い倒れこんだ。
「ごめんな、テディ。あんたの心意気は汲み取りたいけど、死なせたくないんだ。
強制的に眠らせてもらった」
マヒロはテディに代わり、目前に迫る、巨大な竜のような雪崩に立ちふさがった。
「山の神の怒りね…。それなら神同士、決着つけようじゃないか」
貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます。
本作に少しでも興味を持って頂けたら、下記2点より作品の評価いただけると嬉しい限りです。
・「ブックマークに追加」
・下部の☆☆☆☆☆をクリック