マヒロ VS テディ (3) ―ハルクステロイド―
「やっぱりタフだな、あんた」
マヒロは両腕を正面に構える。
楽しげに笑うマヒロだったが、向かいあうテディの表情の変化に気づき、笑みをとめた。
マヒロの眼にうつるテディの顔が、一瞬悲しげに見えたからだ。
「…人間。そう言えばまだお前の名を聞いていなかったな。教えてくれよ」
「天音マヒロ」
「マヒロか。お前兄弟はいるか?」
「妹が1人。なんだよ急に?」
「俺には5つ上の兄貴がいてな。俺よりも身体がデカくて、…そして優しい兄貴だった。
ガキの頃俺はチビのくせに負けず嫌いでな。
度々兄貴に喧嘩挑んではしょっちゅう負かされてたもんさ。
負ける度に悔しくて泣いてたガキの俺に兄貴はいつも優しく言ってくれた。
『 殴りあって、ぶつかり合ったら後は仲直りだ』ってな」
テディは悲しげな瞳で天を仰いだ。
「いい兄ちゃんだな」
「ああ。マヒロ、ここまで気持ちよく殴り合えた人間はお前が初めてだ。
だから、残念でならない。お前が十字軍の兵士でさえなけりゃ兄弟の盃を交せたかもしれない」
テディの瞳から一筋の涙が流れた。
「俺の兄貴はな、十字軍に殺されたんだ」
テディの言葉にマヒロは両腕の構えをおろした。
その顔からは笑みは消えていた。
「俺たち兄弟はこの森で平和に暮らしてた。
だが3年前、突然十字軍の連中が現れて森の魔獣たちを何匹も殺した挙句、俺たちは捕えられた。
その後、科学部隊の研究所とやらの檻に半年近く入れられてたよ。
兵を強化するための計画とか言ってた。
俺たち兄弟は、連中の実験台として毎日得体の知れない薬品を投与された」
マヒロは黙ってテディの言葉を聞いた。
「俺はその実験のおかげで、激しい副作用の代わりに肉体を極限まで強化する能力を得た。
だが、兄貴は薬が合わなくてな見る見る痩せ衰えて行った」
テディの瞳から次第に悲しみの色は消え、怒りが増幅していくのをマヒロは肌で感じ取った。
「俺は檻を破って兄貴と共に研究所を脱出した。
だが、十字軍の剣士が俺たちの前に立ちふさがった。
とてつもない強さで、俺は生まれて初めて恐怖したよ。
だが…兄貴は俺逃がすために、何度切られても…絶命するまで、その剣士に立ち向いつづけた」
テディの瞳から大粒の涙がこぼれる。
次第にその瞳は赤く変色し、そして全身に紫の血管が浮かび上がった。
全身の筋肉が隆起し、その身体は明らかに肥大化している。
「『ハルクステロイド』。
これが、科学部隊が俺に投与した薬品で得た能力だ。
肉体の力を数倍に引き上げるこの力で、俺はいつか十字軍の兵隊を皆殺しにすると決めた」
テディは激しい怒りを込めてマヒロを睨みつける。
「ま、待って!クマさん!マヒロ団長は今はもう十字軍の兵士じゃな」
「何も言うなイチカ!」
マヒロは左手を上げて、イチカの言葉を遮った。
「テディ。お前の怒り、俺の胸で全力で受けとめてやる。…かかってこい」
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