獣災の住む森の冒険
「…マヒロ団長ー。ご報告があります」
「なんだ?」
「お腹が空いて動けません」
マヒロ達がアイスマグナの監視棟を後にして、北の大地に広がる森林・『アイシーウッズ』を歩いてから2日が経っていた。
「獣が住みつく森のはずなんだが、小動物の1匹も見かけないのはおかしいな」
「…団長が怖くて、動物が寄りつかないんじゃないんですか?疫病神だし。
動物って本能的に病原菌とか、危険物を察知するらしいですよ」
「人をばい菌扱いするな。
空飛んで行けば早いものを、お前が高所恐怖症などというから、仕方なくこんな森の中を歩いて移動してるんだぞ」
「すみませんでしたね。団長は自分の身体自由にコントロールできるからずるいですよね。
ご飯も食べなくていいし」
「…イチカはあれだな。腹減ると機嫌悪くなるタイプだな」
3年前に疫病神の心臓を取込んだ、元十字軍団長・天音マヒロ。
『病を操る神。
それはすなわち人体を形作る全てを自在に操ることができる、人体の神ともいえる存在』
かつて読んだ疫病神に関する書物に記載されていた文言をマヒロは思い出す。
その言葉通り、マヒロは今では神に近しい能力を得ていた。
パジャマ姿で建物を出たイチカは、今では厚手のコートを身にまとっているが、これも疫病神の『細胞変容』の能力でマヒロが自身の髪の毛から作り出したものだ。
さらに中枢神経をコントロールすることで空腹や寒さを感じなくすることもできる。
無限に栄養を作り出すさえ可能であるから、食事をとること自体不要だ。
マヒロは指先を注射針状に変形させながらイチカに告げた。
「あまり気が乗らないが、飢餓も寒気も感じないように調整しよう。
他人の体内もある程度はコントロールできるからな」
「えっ、それはちょっと嫌です!注射怖いし」
「冗談だよ。俺も疫病神の能力なんて、自分と敵以外には使いたくない」
「…失礼なこと言いすぎてすみません」
イチカは空腹でなる腹の音を手で抑えながら申し訳なさそうに頭を下げた。
「気にするな。腹が減って気分がいい人間などいない」
マヒロは指の形を元に戻し苦笑した。
「しかし、大丈夫でしょうか?さっきの飛空挺、第一師団のでしたよね?」
イチカは不安げに尋ねる。
数時間前、二人の上空を飛空挺がアイスマグナの方面に向かって飛んで行ったのを目撃した。
「アイスマグナを調べられたら結界が破れたことばれちゃうんじゃ」
「ああっ、それなら多分大丈夫だ。念の為外側からもう一度結界術でふさいどいたから」
「なるほど。団長、結界術も扱えるんでしたもんね。
でも、アストン達が喋っちゃったら意味ないんじゃ?」
「うーん、それも大丈夫だと思う」
マヒロは少し返答に困ったように頭をかいた。
「あの二人の頭を触ったときに、記憶を少しいじっておいた。
俺の存在は忘れてるさ。
それに、イチカも反逆罪に問われたら死罪になるからな。
隕石の衝突で死んだことにさせてもらった」
「記憶改竄まで出来るなんて。…私には使わないで下さいよ」
「使うか!」
マヒロのツッコミにイチカは無邪気に笑った。
※
しばらく歩くと少し開けた平原のような場所に出た。
「団長!あれ!」
イチカは声を上げてかけだした。
マヒロもその後を追うと、平原の中央に子鹿が倒れていた。
脚を怪我しているのか、苦しそうに鳴き声を上げている。
マヒロは、心配そうに子鹿の額をさするイチカの隣に腰を下ろした。
「鹿肉か。食べるのか?」
「団長、鬼畜ですか?」
「すまん、冗談だ。
深刻な感じだったから場を和ませようと思って」
マヒロは怪我をした子鹿の脚に手を当てた。
「この子、脚を怪我してます。熱もひどい」
「ああ、これは折れているな」
「転んだんでしょうか」
マヒロは顎に手を当てて考え込む。
「いや、おそらく力任せに故意に折られたようだ」
「えっ、それって」
「罠かもしれないな」
マヒロが呟いた直後、周囲の木々に隠れていた銀色の毛並みの巨大な狼のような魔物が姿を現した。
「B級の魔獣。ギャングウルフか」
グルルルッ!!ヨダレを垂れ流し牙を剥き出しにした銀狼がマヒロ達に向かって威嚇する。
「ギャングウルフ、聞いたことがあります。獰猛で知能も高い」
「ああ。あと厄介なことに、こいつらは群れで行動する」
気づくと2人の周囲をおよそ20体ものギャングウルフ達が取り囲んでいた。
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