イチカの記憶 (2) ―3年前、オーリの村の惨劇―
「やっぱりそうだ。十字軍のマヒロ団長だよ」
「すげえ国の英雄じゃねえか!でもなんであんなところに」
村人たちがしきりに声をあげている。
イチカは激しい胸騒ぎを覚えた。
時計台の上に立つ男は笑みを浮かべると、空に手をかざした。
紫色の球体が魔力とともに膨れ上がる。
それはまるで月のように綺麗なかがやきを放っていた。
「綺麗…」
「お母さん、見て!紫色のお月さま」
家の外にでるもの。
窓を開けて眺めるもの。
不思議な魔力に惹かれるように、多くの村人がその光景を眺めていた。
直後その球体がはじけ、無数の粒子が村一面を覆った。
「みんな!早く屋内に!」
イチカがそう発したときにはもう遅かった。
村人たちがバタバタと倒れていく。
村中の至る所から呻き声や悲鳴が響き渡る。
イチカは口を布で覆い近くで倒れる村人にかけよる。
顔は紫に腫れ上がり、すでに脈はなかった。
(…そんな)
「うぅ、、」
イチカは、パブの店内にいるスミスのうめき声に気づき、彼の元にかけよった。
「スミスさん!しっかりして。大丈夫!私が必ず、、」
そう言いながらイチカは自分ではどうすることもできないことが分かっていた。
十字軍に入隊するため、医学の勉強や毒の魔法の対処方法については学んできた。
しかし、こんな症状はどんな本でも見た事がない。
強力な病、いや違う、、これは猛毒。
イチカの皮膚も徐々に紫に変色しはじめた。
スミスはイチカの手を握り返す。
「イ、イチカ、…は、はやく逃げ…ろ」
「スミスさん。私は大丈夫だから!喋らないで!呼吸を整えて」
「…お、お前は村の…俺にとっての…誇りだ。だから…絶対に生きてくれ」
スミスは涙を流しながら、息絶えた。
「…スミスさん」
イチカは肩を落としスミスの見開いた瞳を閉じた。
「あーあ。口元覆ったぐらいじゃ意味ないのになー。馬鹿ばっかり。
これは皮膚に触れただけで、常人なら即死の魔術だからね。
何人かは目撃者として生きててもらわないと困るんだけど、ちょっとやりすぎたか」
時計台の上から、惨劇を眺めていたブラッド、は立ち上がりそのまま屋根伝いに村の外れまで走り出した。
「…許せない。こんな卑劣な」
イチカは怒りで拳を震わせる。
立ち上がると、遠くに見える先ほどまで時計台の上にいた男を追うように走り出した。
口元を抑えていても、息苦しさが激しい波のようにイチカを襲う。
猛毒に溢れた町の中をイチカは走る。
道には、亡骸と化した人々が至る所に横たわっていた。
(みんな…ごめん)
イチカは自身の無力さに拳を強く握りしめる。
その手のひらからは血が滴り落ちる。
(きっと、まだ生き残っている人もいる。
この毒をばらまいた張本人なら、解毒の方法も知っているはず。
だから…何としてでも捕まえてやる)
走りながら男の邪悪な笑みを思い出す。
(あの顔はマヒロ団長だった、、でも、そんな訳ない。あの人がそんなことを)
イチカは心と肺が壊れそうになりながらも必死に走った。
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