イチカとヒーロー
「…クロエ」
マヒロは膝から地面に崩れ落ちる。
幼少期の温かな記憶とともに、マヒロの精神を蝕んでいたどす黒い邪気がはれていく。
そんなマヒロにイチカは言葉を続けた。
「もう10年も前。
母の病気を治すために山に野草を取りに行った帰り道、魔物に襲われたことがありました。
恐怖で立てなくて、もう終わりかと思ってた時、通りかかった若い十字軍の兵士がその魔物を一撃で倒して守ってくれたんです」
イチカは苦しみに耐えながらマヒロの方に歩みを進める。
「泣きじゃくる私の頭を撫でて、その兵士は優しく言ってくれた」
『 もう大丈夫。それは薬草かな?』
『 …う、うん。お母さんに』
『 そっか君は優しくて強い子だ。でも、君が怪我したらお母さんは悲しむよ。
そうだ、ちょっと待って!
これ、任務用に軍から支給された薬草。
君に袋ごと全部あげるから、一緒にお母さんのとこまで届けよう』
『 …こんなにたくさんいいの?だってお兄ちゃん怪我したら』
『 大丈夫!お兄ちゃんは誰よりも強いから』
「そのとき握りしめてくれた手の感触は今でも忘れません。
マヒロ団長。あの時からずっと、あなたは私のヒーローだった」
「…そうか、君あの時の」
マヒロは、弱々しくイチカを見つめ返す。
(俺は、なんてことを)
「だから、ちゃんとあなたの口から聞きたかった。な…なんで3年前」
3年前という響きに、マヒロは胸が張り裂けるほどの苦しみを覚えた。
(違う…俺じゃない)
イチカは、真っ直ぐな瞳でマヒロの瞳を捉えている。
「私の村を…大切な人たちを」
(やめろ、やめてくれ)
「家族を殺したんですか?」
「俺じゃないっ!!!」
マヒロはイチカの言葉をかき消すほどの大声で叫んだ。
マヒロは呼吸を整えながら、静かに言葉を続ける。
「信じてくれるなんて思ってない。でも、俺はあのとき」
「信じます」
「…えっ?」
不意を突かれた返事に、マヒロは驚いて顔をあげる。
イチカの目から大粒の涙が溢れていた。
「よかった…。私はずっと団長の口からその言葉を聞きたかったんです。
ごめんなさい、少しでも疑って」
泣き笑いの表情とともにイチカは意識を失い倒れ込んだ。
「イチカ!!」