新兵 イチカ=シオン (2)
かつては多くの兵が駐留していたこの監視棟も、マヒロの処刑から1年も経ったころには、多くの兵が退散し、今ではアストンとバップのわずか2名のみが残っている。
疫病神の復活をただ一人恐れていたブラッドでさえ、もはや監視など無意味と判断し、今では問題を起こした厄介な兵の左遷先という意味しかもっていない。
そんなわけだから、イチカが自ら配属を団長であるミランダに進言した際には、全力でとめられたものだ。
イチカの頭に、その時のミランダとの会話がよみがえる。
『イチカ!あんた何考えてんのよ!あんな極寒のへき地に行くなんて正気?』
『すみませんミランダ団長。でも、決めたことなので』
『…はあ。まあ頑固なあんたには何言っても無駄よね。
イチカの剣技は師団の中でも群を抜いてるし、それに可愛いからずっとそばに置いて愛でておきたいのにな』
『団長…女同士でもセクハラは成立しますよ』
『いやだ!冗談よ♪…でも、これだけは忠告しておくわ。
あそこに駐留しているアストンとバップ。あの二人には用心しなさい』
アストンとバップ。
二人の悪い噂は全師団の中でも有名だった。
新兵に対するいじめやパワハラ。
町中で酒に酔い一般市民への暴力。
隊律違反を上げればきりがない。
特にアストンは、自身を守るためではなく、楽しむために獣を狩るような残虐な男だった。
それでも、そんな二人が師団を除隊にならないのは、二人の親が上流貴族の出だからだ。
(ミランダ団長、すみません。どうしても、私にはやらなければいけないことがあるんです)
イチカは、こぶしを強く握りしめる。
棟内は、想像を絶するほどに汚れていた。
それほど広くないとはいえ、ゴミがあふれた寝室や武器庫の掃除。
食器が放置されたキッチンの掃除が完了する頃にはすっかり夕方になっていた。
「この部屋で最後か…てか私家政婦じゃないっていうの!」
文句を垂れながら建物の一番奥の部屋にはいる。
その部屋だけは、他の部屋と違いものが散乱しておらず、誰も立ち入っていないのか、地面に埃が溜まっていた。
ごくり、とつばを飲み込む。
なぜだかその部屋だけが神聖な気であふれているような気がした。
イチカは箒と塵取りを手に床掃除をする。
ふと見上げると、奥の壁に刀身まで呪布が巻き付いた刀が飾られていた。
「これって、、」
「寛解神刀。
かつて、疫病神と言われた怪物が使っていた刀さ」
後ろから聞こえた声に、思わず「うわっ」と声を上げ振り返ると、アストンが立っていた。
「万が一疫病神が目覚めたら、それで心臓をつらぬかないと殺せないんだと。
まあ、疫病神なんざとっくに死に絶えたからな、今じゃ単なる魔除けとして置いているにすぎんが」
「…これが、マヒロ団長の刀」
イチカはその美しい刀に思わず声をあげる。
気づくとその刀に手を伸ばしていた。
「やめとけ。その刀もともと怪物みてえな男が使ってたもんでな。
ちっ、思い出しただけで忌々しいぜ。
いつもあほ見たいな正義感ふりまいてたくそ野郎だった。
処刑されたときいたときはせいせいしたぜ」
「…そうですか」
「ちなみにその刀、見かけによらずめちゃくちゃ重いからな。お前みてえな細い女がもったら骨おれ、」
ブオン― ブオン―
イチカはその刀を器用に振り回していた。
「なっ!!」
「うん!たしかにめちゃくちゃ重たいですね。
普通の刀の10倍はありますよ。
どうなってるんでしょう、この刀」
アストンはその姿に驚嘆する。
(嘘だろ、、この俺でさえまともにふれねえ重さだぞ)
「あっ!すみません!すぐに戻します!」
イチカは刀を壁に飾りなおした。
「お、おう!とっとと掃除すませろ!あと飯作れ」
「えっ…はい」
アストンが部屋を後にした後イチカは、刀を見つめながら、ぎゅっとこぶしを握り締めた。
「天音マヒロ…」