第2話:親友のゲージ解除
「なぁ翔……それ、美味い?」
「う~んと……最高……の三歩手前くらいの味」
「微妙だな」
「絶妙に微妙……」
季節限定ものの新登場バーガーは、翔の口には合わないらしい。
「はぁ~、ものたりねぇ~。こんなことなら俺も定番メニューにしときゃよかった」
「だろ?」
「でもなんか無性に冒険したくなったんだよなぁ」
「マジで? レジが美人なお姉さんだったから女子受けねらったのかと思った」
「キング……俺のこと理解しすぎ」
……やっぱりか。
そんなヘルシー路線の新作で腹が空いた体育会系DKを満たせると思うことなかれ、だ。
「てか翔には沙弥佳ちゃんがいるじゃん。昨日も激しかったんだろ?」
童貞の自己申告によれば、だけど。
「まぁな……」
「どうした? なんか歯切れ悪いじゃん。なんなら相談に乗ってやらなくもないけど?」
実のところ、翔は、あんまり彼女の話をしたがらない。
ノリでネタにするレベルならよく聞くけど。
「ん~」
「なんだよ」
「なぁキング……お前ってさ、モテるじゃん?」
「まぁそこそこ、かな」
「嫌味な謙遜禁止で」
「了解。すげーモテるよ。で、それがなに?」
「お前、上手?」
「は?」
「だからアレだよアレ。セのつく……愛情表現行為だよ」
はいはい。
セのつくアレね。
瀬戸際外交とか、精神統一とか、世界新記録とか色々あるよね。
オレ、それなら全部上手だけど?
「や、バカなこと聞いた。悪ぃ」
そうだぞ?
さすがに他人に聞く話じゃないだろそれ。
「キングが下手なわけねぇよな。悪い……許してくれ」
あれ?
なんか予想外な展開なんだけど?
勝手にハードル上げないでほしいんだけど?
「俺さぁ……見栄はっちゃってさぁ。今の彼女と付き合う前にさ、滅茶苦茶自慢したんだよなぁ~……オレのバカ」
「自慢?」
「そ。セのつく愛情表現行為がめちゃくちゃ上手いって。経験豊富だってつい……その場の勢いで言っちまってさ」
「で?」
いいから早く言え。
オレはもう知ってるんだから。
お前がDのつくTだってことは。
オレもだけど。
「で……その、さ……わかるだろ?」
あったりまえだろ?
お前の頭上にデカデカと書いてあるんだから。
「つまり……実はお前がDのTで、経験豊富なテクニシャンだって言った手前、今さら彼女とセのつく愛情表現行為に逃げ腰になってるドヘタレ野郎だってこと?」
ポカンと口を開けた翔がフリーズしたから。
そっとポテトを大量に差し込んで、口が閉じるようにしてやる。
まったく手のかかる親友だ。
「キング……俺のこと理解しすぎ。なに……俺のこと好きなの?」
「だまれDTキング」
なぜオレは、自分に突き刺さるブーメランを投げているのか?
誰か説明してくれ……。
「うっせ。お前みたいにモテモテ街道まっしぐらな奴にはわかんねぇよ」
「………オレの話はいいって。で、どうすんの?」
「どうするって……どっかで練習でもすっかなぁって思ったりしたけど、それってぶっちゃけ浮気じゃん?」
「その通り」
「だからさ、お前が教えてくんねぇ?」
「は?」
「だからさ、その、女の抱き方? って言うの? なんか嫌な表現だけど、要はそこじゃなくてさ。その手順的なことなんだけど……教えてください! 頼む! この通り!」
「や、教えるっておま……」
「や、実演はいい! 実演は無理! 服着たままでいいから、どこをどんな感じで触って、どんな風にキスして、どんな手順で服を……いやぶっちゃけオレはいつパンツを脱げばいいのか……教えてくれ! 頼む!」
「や、それは……」
オレも知りたい。
むしろオレの方が教えてほしい。
オレ今、リアルDTキングの称号街道まっしぐらなんだから……。
はやくこの街道を抜け出したい。
そのためにも翔と同じ悩みを克服したい。
つまりオレに方が切実なんだよ? わかりみ?
「もうこの際、テクニシャンって嘘がバレるのは諦める! 終わったあと下手だって言われてもいい! でも、見栄はりDTだってバレるのだけは避けたいんだよっ………頼むっ! この通り!」
つまりこれが、翔の願いってことか。
うん……無理ゲーです。
三番目の解除条件も無理ゲーです。
諦めてください。
こうなったらせめて……ファーストキスって解除条件は満たしておきたい。
「なぁ大地……頼むっ! お前、経験豊富なんだろ? いっぱいいろんなお姉さんからノウハウ学んでるんだろ? 頼むっ! 親友を助けると思って……教えてくれ。この通り!」
「いやでも……」
「師匠! お願いします」
ほぅ?
師匠、だと?
心地いい響きじゃないか……。
「仕方ねぇなぁ」
「……ってことは?」
「あぁ、任せとけ。オレが伝授してやるから」
待て待てオレ。
今、なんて言ったのオレ?
伝授してやるって言った?
リアルDTキングが? DTに? なにを伝授するの?
「さっっすが親友! 俺のキング! もういっそのこと抱いてっ! てかもぉ~マジマジで! ありがとうな!」
「いいって」
まぁ、ここまで感謝されると気分は悪くないわけで。
「でもさ……こんなクソだせぇ悩み、大地にしか言えなくて……ずっと悩んでてよ……マジ感謝。オレもいい歳じゃん? この歳でDTってのもクッソ恥ずかしくてさぁ。ついクラスで嘘ついちまうし……ははっ。クッソカッコ悪ぃなオレ」
止めて?
オレにグサグサ突き刺さるから止めて差し上げて?
今言ったのぜんっぶオレのことだから!
無自覚にオレをディスってることになっちゃってるから!
わ、話題を変えないと!
オレの心が壊れてしまう……。
「な、なぁ。翔はAのVとか見てみた?」
「おぅ! 連日連夜フリー動画で猛勉強してるに決まってんだろ?」
「なら……いいじゃん」
「確かにさ、手順がわかるっぽいやつもあるけどさぁ。登場人物って基本、歴戦の勇者じゃん? 全員レベル完ストじゃん? もう器用スコア高すぎて俺には真似できないっつーか、あんな落ち着いて進めるのそもそも無理ゲー。それにさ、力の加減とか、そういうのは見るだけじゃさっぱりわかんねぇじゃん?」
……ど正論だな。
正論過ぎて非常によく理解できる。
DTキングのオレにはな。
「ってことで善は急ぐぞ!」
「は?」
「今から俺の家行こうぜ!」
「や、え⁉ 今から?」
「おぅ! 頼んだ師匠!」
「当たり前だろ? 全部、オレに任せておけよ」
今、なんて言った?
オレ、なんて言った?
任せとけって言った?
師匠って呼ばれていい気になって自ら死地に向かうとは……オレってチョロすぎっ!
――――――第2話:親友のゲージ
まぁ、ものは考えようだ。
解除条件2、翔のファーストキス。とりあえずこれは、クリアしやすくなった。そう考えよう。
なぁに……練習の一環だってことにして、ふざけて触れればいいだろ。事故った感じで。
まぁ、オレにも多少のダメージが予想されるが……仕方ない。地震の発生は避けられないとしても……被害は少なくしたいところだ。うん。
「てか翔。なんで冬服なわけ?」
このクソ暑ぃ日に。
「や、脱がし方教えてもうのってさ、実際に脱がしてもらった方がよくね? で、閃いたわけ! 冬服脱がせてもらえばいいじゃんってさ! ちな安心しろ、上下スポーツインナー装着済みだ!」
「あっそ。てか男もんじゃん。そこはいいのか?」
「さすがにスカートはねぇし。そこは最悪、なんとかなりそうだし……」
「あぁ、そうだな」
え?
そうなの?
スカートは最悪なんとかなるの?
それ……どうすんだよ?
俺にも教えろよ! 師匠頼むから教えてくれよ!
「ってことで師匠! よろしくオナシャス!」
「……とりあえず目隠ししてもらっていい?」
「え? まさか師匠、いつもそんなマニアックなプレイを……」
「違うって。お前も、オレの顔見ながらは嫌だろ……なんか気分的に」
「そっか。ま、そうかもな。じゃあタオルとってくるわ。ちょっと待ってろよ」
「おぅ」
「あと、シャワー浴びて来いよ。汗まみれの身体触るの、オレ、無理だし」
「ん、わかった。そういえばそっか。じゃあ十分くらい待っててくれ」
よっしゃあぁぁああああ! 時間稼ぎ、成功!
「了解」
てかヤバい。
ヤバいヤバいヤバいっ。
余裕そうに微笑みながら童貞を見送ってる場合じゃない。
なにせ見送ってる方も童貞なんだから!
くっそ……こうなったらもう、賭けるしかない!
キングと呼ばれし者の天性の運動神経に!
その場のノリと勢いで適切な行動を反射的かつ完璧に繰り広げる天才的な運動神経に全てを委ねるしかない!
ここでミスれば、オレがDTキングであることがバレてしまう……。師匠とか呼ばれてチョロくも安請け合いした挙句引っ込みがつかなくなって実技でバレるとかもう草も生えない……。
や、それどころじゃない。
むしろ永遠に不毛の大地になってしまう……。
翔からクラスのみんなに広まって……いつの間にかSNSで大拡散大炎上。
もぅ焼き畑農法もびっくりだよ? そんな勢いで燃やしちゃったら全部炭化するよ? ってレベルで大炎上からの不毛の大地まっしぐら案件キタコレ状態まったなしじゃん……。
「はっ―――」
帰る?
いっそのこと、帰るか?
急用ができたとか言って……ふむ。
や、ダメだ。
ダメだダメだダメだ!
この好機を生かして、せめて解除条件2、ファーストキスを奪うくらいは達成しておかないと。
八方ふさがりじゃん!
なんなの?
なんでオレがこんな目に合わなきゃいけないわけ?
や、わかってるとも! それもこれもあのバカ女神のせいじゃん! あんのバカ女神が家に来なければ……こんなことにはならなかったのにぃぃぃぃぃ。
マジで!
大迷惑!
もっと他の有能な人の家に行ってくんない?
マジで!
『ほぅ? そのバカ女神とやらはまさか……僕のことかい?』
「ふっ――――」
やれやれ。
オレとしたことが。
取り乱してしまったみたいだ。
『アマテラ。いったい、なにを言ってるんだ? そんなことあるわけないじゃないか?』
『ならばよし!』
『桜餅、部屋の冷蔵庫にもあるから。食べてていいよ』
『グッジョブ!』
ふっ。チョロい。
あまりにもチョロいぜバカ女神……。
『ほぅ? やはりどうやら、僕のことらしいね?』
『……いやぁ、ち、ちがいますけど?』
『そうなのかい? せっかく僕が、ピンチの君を助けてやろうかと思ったのになぁ』
『マジで?』
『あぁ。でも、嘘つきを助けたとあっては神の名折れ。しかたない、助けるのは諦め―――』
『―――すいませんでした! 調子にのってバカ女神とか言ってごめんなさい! あとチョロいって言ってごめんなさい! あとでどんな罰でも受けますから! だからお願いします偉大なるアマテラ様! このオレを! このピンチからお救いくださいませ~……ははぁ~。この土下座に免じて、どうか、どうか我を救い給え~』
『ふっふっふ~、ならばよし! 助けてやろうじゃないか! この僕の偉大なる神権を使ってね! 感謝するがいい!』
『あ、ありがとうございます~』
よっしゃ!
これで大丈夫!
「キング? なにしてんの? それって土下座?」
「あぁ、ちょっとヨガ的なストレッチをね。日課なんだよ」
「ふぅ~ん」
翔ぅ~、おま……どんだけ急いでシャワってきたんだよ!
シャワーくらい入念に浴びて来いよ!
無駄にあせんなやっ!
そういうとこだぞ?
そういうとこがDTくさいんだぞ?
「あ、目隠しって……これでOK?」
「あ、おぉ。それで十分」
「じゃあ、頼む」
「……おぉ」
ベッドに二人で腰掛けて。
翔は目隠しをしてて。
ヤバい。
どんだけシュールな絵面なんだコレ……。
『てかアマテラ! 早う! 手助け早う!』
『ん? あぁ、もう神権を使ったよ?』
『マジで? どんな神権?』
『未来の先取りって神権さ。これは一時的に、未来の状態を先取りできる力でね。つまり―――』
『―――オッケ! 理解した! マジ感謝!』
『そうかい? ちなみに君の未来……えっと、二十年後の状態を先取りしてあるから。安心してことに励むといいよ!』
『や、励まないから! 誤解しないで! 練習につきあうだけだから!』
『ま、僕はどっちでもいいさ。それじゃあね』
い、偉大なるアマテラに敬礼!
二十年後のオレなら……ふっふっふ。歴戦の勇者になっていてもおかしくはない。
「なぁ大地……まだ?」
「静かに……。それから力、抜けよ。優しくしてやるから」
「……おぅ」
おぉぉぉぉ!
勝手に……勝手に口と体が動く!
か、完璧か!
完璧すぎるだろ二十年後のオレ!
ほほぅ?
なるほどね!
まずはそっと頬に触れながら……軽く親指で唇をなぞる―――天才かっ!
ビクビク震える背中を優しく撫でて―――
「―――大丈夫。大事にするから、ね?」
天才かっ!
優しめのハグ……から……体を支えながら押し倒して―――耳元に軽いキス。
「ちょ―――大地」
「いいか? ここで相手に優しくキスしながら……自分のシャツを脱げ。上裸な?」
「お、おぅ」
「キスを止めて……見せつけるように上裸になってもいいぞ?」
「わ、わかった!」
「それから―――」
どうするんだ?
どうするんだ二十年後のオレ!
カモンっ!
ハリーアッッッップ!
「……大地?」
「いや、なんでもない」
どうしたオレ?
歴戦の勇者モードのはずだろ?
なぜだ?
なぜ体が動かない?
さっきみたいに滑らかに―――動けよっ。
「大地?」
「あとはこんな感じで優しく大事だって伝えながら……自分なりに頑張れよ」
ヤバい。
歴戦の勇者からDTキングへのランクダウンが激しすぎてヤバい。
「なるほど。つまりこっからさきは大地のやり方じゃなくて……俺なりに優しく、沙弥佳を思って進めなきゃアイツに失礼だってことだな?」
「そういうことだよ。よくわかったな?」
ナイス誤解入りました!
ありがとうございます!
「おぅ! てかヤベぇ……俺ぶっちゃけ、めっちゃドキドキしてたし。てか今も身体あちぃ!」
いや、オレは全身コールドだよ。
冷や汗しか出ない。
だって……おかしいだろ?
途中まで順調だったろ?
二十年後の未来を先取りしたオレ、完璧だったじゃん。
それが途中で止まる、だと?
あの急停止は動作不良じゃない。
つまりオレ……二十年後も誰かの服を脱がせた経験がないってことか?
え?
キス止まりってこと?
押し倒して試合終了ってこと?
いや、ひょっとしたら押し倒すところまでも一人で孤高にイメトレ積んでる説ない?
つまり……二十年後のオレもDのTってこと?
…………マジで?
いやぁ、ない。
さすがにそれはない。
てか、嘘だろ?
頼む! 頼むから誰か嘘だと言ってくれ!
マジでオレ、DTキング街道まっしぐらなわけ?
や、ないない。
オレだぞ?
キングだぞ?
それがまさかそんな……う、嘘だろ……。
何度でも確認したい。
オレ、DKのキングだぞ?
DTのキングじゃないよ?
現在進行形でこんなにモテてるのに? 女子にウットリ視線をほぼ毎分のように浴びてる人生なのに?
てか未来のオレ、そんな大事に取っておいてるわけ?
や、大事にし過ぎだって!
二十年後ってもう三十後半じゃん! もう賢者目前じゃん!
「キング? どうした?」
「や、なんでもない。ちょっと未来について自問自答してただけ」
「ふ~ん。お前、暇があれば難しいこと考えてるよなぁ……ちょっとカッコ良すぎじゃね?」
「まぁな」
カッコいいかは不明だけど。
個人的には、最重要案件だ。
頼むからちょっとオレに時間をくれ。
「はぁ~……てかキングマジですげぇ……思い出してもヤベェ。滑らかすぎてマジで心臓バクついた」
「あたりまえだろ?」
頼む!
時間をくれ!
「俺、もう大丈夫だと思う。今のイメトレしてさ。あと二か月くらい練習―――」
「―――翔、いいかよくきけ。この経験を忘れないうちに勝負をかけろ。リミットは明後日―――日曜日だ」
「や、それは早すぎねぇ?」
「なに言ってんだよ! お前ら付き合って何年だよ? 沙弥佳ちゃんはもうずっとお前のこと待ってるかも知んねぇんだぞ? これ以上、大事な人を不安にさせるなって。いいな?」
「わ、わかった! そっか、そうだよな……なんか今の、ちょっと、グッときた」
「ならばよし! この辺だと……駅裏にあるコンビニがお勧めだ。バイトのシフトがおっさんばっかりで、いろいろと買いやすいぞ?」
「わかった! てかさすがキング! 詳しいな!」
万が一に備えてるだけだけど?
ゴールデンウィークを使って学校と自宅近隣のコンビニシフトを、調べに調べたことがあるだけですけど?
「もしも……あくまでも、もしもの話な」
「ん? なんだよ?」
「もし日曜日の夕方までに脱DTできなかったら報告して来い。慰めてやっから」
「おぅ!」
「それにな。お前が童貞だって、ちゃんと沙弥佳ちゃんには言った方がいいぞ?」
「……なんでだよ」
「二人にとって生涯、大事な思い出になるわけだろ? お前の嘘は、その大事な思い出まで汚すことになる。それって……沙弥佳ちゃんが可愛そうだろ?」
痛ぃ。
言ってること全てブーメラン過ぎて辛い……。
「………なぁ大地」
「なんだよ?」
「俺、お前が友だちで良かった。マジでありがと」
「おぅ。気にすんなって」
グーパンで軽く肩を小突いて。ニシシっと笑いあう。
男の友情は、時にちょっと茶化して薄める方がいい。
お互い、素になると恥ずかしいから。
「あ、今日はどうする? 泊まってくか?」
「や、帰るよ。急に来ちゃったしな」
それにオレは目的を達成でき……てない。
あれ?
ゲージが減ってない。三メモリのままなんだけど?
あ、そっか。
そういえばまだ、解除条件2を満たしてないか。
でも、変じゃね?
解除条件3は満たしたはずだろ?
翔の願いを叶えるって、このトレーニングだったハズじゃ……。
え?
違ぇの?
オレの早とちりってやつ?
「……なぁ翔、お前、なんか他に願い事とかねぇ?」
「他に?」
「あぁ。この練習以外にってこと」
「う~ん……そう言われてもなぁ」
「なんかあるだろ? ほら、言ってみ?」
「あ! あるっちゃある」
「なんだよ?」
「彼女を満足させること! 俺だけ満足すんのは違ぇし!」
ヤ、ヤバい。
翔お前まさか、太陽の拳をマスターせし者だったとは……。
ま、まぶしい。友の純粋な笑顔が眩しくて、目が痛いっ。
「………が、がんばれよ」
「おぅ!」
ヤバい。
つまりこれって……解除条件3も達成困難ってことだよな。
やっぱ解除条件2だけでも満たしておくべきか?
さもないとマジで災害レベルⅢ―――都市直下型大地震が起きる。
「な、翔。キスの練習もしとくか?」
「や、それは大地に悪ぃ。てかオレ、初めては全部、沙弥佳ちゃんに捧げたいから……」
太陽の拳、さっきの八倍だと⁉
「―――そっか。そうだよな。ま、頑張れよ」
「おぅ!」
「でも、いいか? 日曜日の夕方までに上手くいかなかったら、絶対に連絡して来いよ?」
「おぅ」
「いいか? 絶対だぞ? 絶対にして来いよ?」
「わ、わかった。約束する」
+++
さて。
後日談。
地震が起きる予想時刻のこと。
連絡のつかない翔のことは諦めて。
オレは家族に避難訓練を無理やり持ち掛け、家族とともに大きめのテーブルの下で過ごしたわけで。
……何事もなかったわけで。
つまりオレは、知ったわけである。
地球からのサインで。
どうやらオレの親友がDのTから脱したことを……。
しかもどうやら、解除条件は三つとも満たされたらしい。
陽キャなリア充よ―――滅べ。
そして更に後日談。
うっかり口を大声で滑らせた翔のせいで。
オレは、称号を授かることになった。
そう。
レベルマックス全パラメ完スト……超絶テクを有する歴戦の勇者という称号だ。
こうして、オレの脱DTの道は、更に険しくなったわけで。
二十年後に辿り着く大賢者を目指したオレの大航海は、華々しい虚構と共に幕を開けたわけである。