3話
王都ダンジョン深層域。
狩場を深層に固定しているシンは、王都に戻る頻度を極限まで下げようとしていた。味にさえ拘らなければ深層で手に入る物で食料になる物はある。
そして、水は魔法で生み出せるため飲料水の確保や、清潔さを保つための身体の洗い流し等も可能である。
休息? 何それ? 美味しいの? のレベルで食事や衛生面での対処以外、24時間無休で狩り続けるシンは驚愕の速度で成長していた。狩り続けるという事は当然、魔物由来の素材も収納空間内に増え続けるという事である。
知恵熱が出るほど考えた後、シンはダンジョンギルドで確認をしていた。素材の強制売却という事が貴族や国に可能であるかどうかを。
ダンジョンギルドへ登録してギルド員になった場合、法を守る義務はあるのだが、扱いが少しばかり変わる。変わるのは義務と権利だ。
納税が人頭税と住居税が無い代わりに依頼報酬、素材売却額から国が定める税率で税が天引きされる。ダンジョンギルド員は定住する義務が無いが権利も無い。不動産である家を買ったり借りたりする事にも制限が掛かるのである。法によって守られる範囲も狭い。
日本人の感覚で言えば、観光に来た外国人が短期アルバイトをしていると考えるのが近いだろうか。
そして、確認した結果は例外事項に該当しない限りは不可能という回答であった。ちなみに、例外事項は借金の返済に充当する場合である。
要は、まず持っている物の提示や申告義務が無い。禁制品であっても収納空間内に持っているだけなら合法である。但し、出したのを確認されれば有罪だが。
そして、売却義務も無い。提示や申告義務が無い以上、持っていないと主張されたらどうしようもないため、その様な規則になっているのだった。
そんなこんなで1年の時が過ぎる。シンは久々にダンジョンから外に出た。大量に持ち込んだ予備の武器がほとんど使い物にならなくなったからである。
「あの、どちらにおられたのですか? 国の使いが何度も所在を確かめに来ていましたけれど」
ギルドの受付嬢は驚いた表情でそう確認してきた。
「ダンジョンに居たに決まってるじゃないか。久々に戻って来たのは事実だけど、幽霊にでも会ったみたいな驚きの表情は良くないと思うぞ」
そう言いながらもシンは手持ちの在庫素材の中で依頼が出ている物に該当する物を探して行く。勿論、不当に安い金額の物はスルーであるが。
幾ばくかの素材を納品し、それなりの金額を手にしたシンは深層産出の素材、装備の法に変化があるかを確認する。そして、1年が過ぎた今でも変化がない事を知るのであった。
「変化なしか。この値段で売るのは馬鹿らしいから誰も持ち込まないんじゃないか? というか、他国に持ち出して売るよな。ところで受付嬢さん。確認だ。ギルド員同士での素材のやり取りには特に何も無いよな? 課税であったり、優先買取とかいうふざけた制度も無いよな?」
「ええ。それはありません。当り前じゃないですか。そこに規制が入ったらパーティが成立しませんよ」
ギルド員同士でパーティを組んで、素材の受け渡しが自由に出来ないとなれば大問題である。
「よし。おーい。ギルド員のみんな聞いてくれ!」
シンは大量に持っている深層の素材をギルド員を対象に、物々交換を大々的に始めた。勿論、交換対象は中層と低層の素材で価値がある物限定だ。そして、金銭での取引はしないが、交換レートはふざけた制度になる前の6割程度である。他国に持ち出して売るも良し、『他国で』装備品を作って貰う材料にするも良し。他国に持って行くだけで4割の粗利が出る。彼らにとって、こんな美味しい話は他にないのだった。
ギルド員には得しかないため、彼らは自分の分を確保した後、ここには居ないギルド員の友人知人を呼びに走り出す人間が後を絶たない状態となる。
シンは交換時にルーブル王国の国内で装備を作った場合どうなるのかを自身の体験を元に語る。国内で装備品を作った場合、トラブルになっても俺は知らんからな? ちゃんと説明したからな? と親切心に満ちた助言をし続けたのであった。
こうして、シンが受けた理不尽な一件がギルド員に知れ渡る。
ギルドでも素材の買取は行われるため、事の真偽を確かめるために受付嬢に買取価格表の提示を求める人間まで出始めた。受付嬢はそれを拒否出来ないため、求められれば提示するしかないのである。
「本当だ。買取価格がおかしい。深層になんて行けないから気づかなかったが、こりゃどういうことだ?」
「ルーブル王国内での統一価格です。理由は知りませんし、仮に知っていたとしても職務上の守秘義務の範囲ですからお答え出来ませんよ」
受付嬢は申し訳なさそうにそう言うしかなかった。
そして、職員一同は顔真っ青である。
今後の起こり得る事態を想像出来てしまうからだ。
素材を売りに、もしくは依頼の納品として、ギルドに持ち込むのとシンに交換を依頼するのとどちらが得か? 考えるまでもない。更に、得た素材を国内で捌くと損であるとわかっている以上、移動に制限が無いギルド員は他所の国へ出国するに決まっている。
つまりは、王都のギルドの依頼は消化される事がしばらくの間無くなるかもしれない。少なくとも激減は確定だろう。
そして、一時的にかもしれないが王都からギルド員が激減する未来もある。大量の人員が他国へ行くのが確定ならば、往復する時間は最低でも不在になるのは当然なのだから。
最悪の未来が想像出来てしまっても、それを止める術がない。シンのしていることは違法性がなく、ギルドの規則でも制限する事が不可能であるからだ。
「あー。素材はまだまだあるから。1週間はここで交換するつもりだ。何なら、今からダンジョン行って素材取って来るとかも有りだぞ? 1年ずっとダンジョン内に居たからしばらくは潜らないからな」
今日だけじゃないのか! どんだけ持ってるんだこいつは。
職員全員は絶望し、明日から仕事が無くなるなーと考えた。そして一人が気づく。仕事が無いならローテで休み取って俺たちもダンジョン行こうぜ! と。
現役を退いて職員になった人間がかなりの割合で含まれるこの職場は、それが可能であるのだった。職員になってもギルド員の資格が休止されているだけで、はく奪された訳ではないのだから。
そしてシンは、一部のベテランには囁いた。
「俺が使う武器。買ってきてくれれば現物と素材を交換するぞ。少しイロ付けてな。武器の目利きは出来るよな? 俺が買いに行くと要らんトラブルになりそうなんで。後、他国で武器新調して予備の武器とか作ることも多分あるよなー。予備だから使わないのが確定したら要らなくなって下取りとかに出したりもするよなー。あ、俺3か月後位にまたここに来るから。素材も新たに仕入れてくるぞ」
シンはわざとらしくそう言いながら、使い潰した武器をサンプルとしてプレゼントするのだった。
そして、それを受け取ったベテランギルド員は悪い顔で「そりゃそういう事もあるよなー」と笑う。
雰囲気だけはもうほぼ完全に裏取引とか闇取引の現場である! 違法性はないけれど!
尚、武器の話だけに限定されているのは、シンに防具と装飾品の店に利益供与する気が全くないからだ。オタクの恨みは深い。
そして、それらの店の品に用がないのは、深層で産出した装備を使い回しているせいもあるのだが、基本的には当たらなければ~の人と同じ発想で動いているからである。
ぼっち最強伝説その二。当たらなければ防具は要らん。但し、赤い人ではない!
「ああ、言い忘れてた。無いとは思うけど。あり得ん話だとは思うけど、万一ギルド内での物資のやり取りが禁止された場合は、俺はダンジョン内に拠点を作る。そして、そこでの対応をするのでよろしく」
王都ダンジョン内は自己責任の空間であり、王国の法が機能する場所ではない。ギルド員同士の暗黙の了解のルールのみが有効な場所である。
月日は流れて1年が更に過ぎた頃、王都のダンジョンギルドは存在価値が無いに等しい状態に近づいていた。
依頼を出しても消化されないため、他国からの輸入で依頼の大半が賄われる様になったからである。
装備品を取り扱う店も全てが苦しんでいた。元の売り上げの7割以上がギルド員相手だったのだが、それが消滅したからだ。
装備の質が落ち、値段は上がる。メンテナンス費用も値上げに次ぐ値上げが繰り返された。彼らは激減した収入を何とかしようと足掻いた結果、悪循環から抜け出せなくなったのである。
ギルド員はよほどの事が無い限り、他国でそれらを全て済ますのが当然となる。もしくは、拠点を完全に他国に移してルーブル王国に来るのはシンに会うためのみとなる。
そして、彼らの懐具合はシンとの素材交換で、ある程度の散財が許容される程に良くなっていた。
夜の街も含めた娯楽は、周辺国を含めてもルーブル王国が頭2つ程抜けて質が良いため、歓楽街にはお金を落としにやって来る。その手の欲望に男は弱い! 但し、女性ギルド員は別方面で散財するので、男だけがお金を落とす訳ではないのだけれど。
栄枯盛衰。ルーブル王国王都の経済は好景気に突入していた。蚊帳の外の装備品の店を除いて。
シンは最深部手前まで到達していた。が、そこで攻略を止める。限界までのレベリングと武器の製造が優先目標に設定されたからだ。
シンが深層で得た武器の中に、知能と意思が宿った剣がある。
それは、朽ちかけており武器としての使用に耐える物ではなかったのだが、完全に朽ちて機能を止めるまでの間にシンは色々な疑問を投げかけ、様々な知識を得ることが出来たのだった。
聖シリーズの武器の製造方法はそうしてもたらされた。
過去のどの勇者も持つことが叶わなかったその武器は、製造難易度が高いが固有の技が使える様になるらしい。
そしてシンにとっての最大の利点。自身の血液が2リットル必要な覚醒処理を行う事で使用者限定装備となる点だ。
シンのオタク心はそれを知ったらもう止まる事は出来ないのである。
呪いの武器。様々な負の効果が付与されており、持ち主を呪う武器だ。もし、解呪に成功すれば高性能な魔剣などの魔装備に変わる武器でもある。
しかし、知られざる聖シリーズ武器は解呪されていない呪いの武器が材料になるのだった。その加工には深層で運頼りでしか手に入らない魔力炉を必要とし、炉を動かすための魔石も深層の最深部に近い所の魔物の物しか使う事が出来ない。
シンが原理を理解する事はないのであるが、同等の物を2つ同時に魔力炉に放り込むと、呪いと呪いを融合させ、呪いが反転する。反転した呪いが魔法陣と化し、武器の内部に埋め込まれる形で刻み込まれるという現象が起こる。そうして、聖シリーズの武器となるのである。
同等でなければ失敗するため、正に入手する運のみが必要となるのだった。
「また斧か! 斧はもう出来たのに! 剣だ! 剣を寄こせぇ~」
かぶりにかぶって要らない武器がドロップするのは、ゲームだとお約束だがリアルに直面すると辛い物である。ついつい独り言も多くなってしまうアブナイ勇者だ。
「斧、槍、刀、薙刀、弓、ナックル、ハンマー、メイス、杖。他は揃ったのに剣だけが出来上がらないのは何故なんだ!」
シンはずっと剣のスキルを伸ばしており、技も習得している。なので、今更他の武器に乗り換えて修行しなおしたのでは追加で莫大な時間が掛かってしまう。
引きたい剣だけが引けない。物欲センサーがきっと有効に働いているのだろう。
ガチャってそういうものだよね!
しかし、何事にも終わりはやって来る。シンが聖剣を手にしたのは聖シリーズ武器の存在を知ってから1年と少し。この世界に召喚されてから実に4年半もの歳月が経っていた時であった。
聖剣を手にしたシンは、いよいよ最深部への攻略準備に取り掛かるため一度地上に戻ることにした。そして地上に戻った後、嫌な物ばかりを見る事になるのである。
「おお、戻ってきたか。待っておったぞ。入手したドロップ品と素材を全て出すのだ。検分して良い物があれば買い取ってやる」
ダンジョンから出た所でいきなりのこの状況。誰だ? こいつ? となるのはシンでなかったとしても必然であろう。
「いえ。結構です」
シンは無詠唱での転移魔法を発動。王都ルーの近くへと飛ぶ。そして、ギルド員用の南門から手続きをして入る。いい加減この面倒な手続きはなんとかならんのかねぇと辟易しながら。
「勇者様、王城から呼び出しです。ご同行お願いします」
こうして、兵士に囲まれたシンは馬車に乗せられ王城へ向かう事になった。
今まで放置で勝手にやらせてたくせに、今更何だろうか? ロクでもない事になるような気しかしない憂鬱になるシンなのであった。