欠落していく僕たち
ボクは生まれつきみんなと違ってた。
みんな走って遊び回るのに、ボクの足は一つしか無かった。
「あの子見て、病気で右足が無いまま生まれたらしいわよ」
「かわいそうね」
「なんだかきみ悪いわ」
「うつるから近づくなよな」
生まれた時からボクにとっての自然はみんなの不自然だった。
かわいそがられ、きみ悪がられ、同情されて生きてきた。
違和感は確信に変わり、ボクはどんどん外に出なくなっていった。
「ボクってそんなに変わってるのかな…」
ボクはそう言ってペットのヒスイをケージから出した。
ヒスイはシュルシュルと腕を登りボクの首に巻き付いた。
『みんなと同じじゃないとだめなのか?』
「別にだめじゃ無いけど変わってるって。今日も学校で言われた。」
『よくわかんねぇけど相変わらず人間様は見た目を気にするんだな』
ヘビのヒスイはシャーっと欠伸をした。
「きみにはわからないよ。
だって人じゃ無いから」
『なに言ってんだよ。同じ人に理解してもらえてないから悩んでるんじゃなかったのか?
大体同じように足のない俺の方が理解してるつもりだけどな。』
「でも人じゃないじゃん。」
『人ってなんだ?』
ボクは少し困った。
人、ひと、ヒト…
「霊長類の人族人科人類?よくわかん無いけどヒトはヒトだよ。」
『どこまでがひとだ?』
「?」
『だから、なにをもってして対等な人たらしめるか聞いてんだよ。
全部揃って人か?それとも脳味噌か?心臓か?』
「なにきいてるかよくわかんないよ」
『お前は人か?』
「そうだよ」
『右足無いのにか?』
「当たり前じゃん」
『ならお前の皮膚剥いでズルムケでも人か?』
「うん」
『死んでも人か?』
「うん」
『対等なひとか?』
「え?」
『だからお前とその死体、どちらか焼くならみんなはどっちを焼く?』
「それは死体でしょ」
『対等じゃねえじゃねぇか」
「…」
『次だ。人と豚の脳を入れ替える移植した。どちらかだけ助けられるならどちらを助ける?』
「そんなのわかんないよ」
『なら人とヘビの精神を入れ替える手術をした。』
「っ…」
『ヘビの脳の人間と人の精神のヘビのオレとどっちがヒトだ?』
「え…」
『質問を変えようか、どちらかしか救えないならどちらをコロス?』
ヒスイは口を大きく開いて不気味にシャーっと笑った。
少し詰まったが、ボクはヒスイを撫でて言った。
「ボクはヒスイを助けるよ。
ヒトだろうとなんだろうと君はボクの友達だから」
ヒスイは満足そうに頬をボクにすり寄せると、優しい顔に戻った。
『君はそれでいいんだ。
戦争すればいい。
殺しあえばいい、奪い合えばいい、食い尽くせばいい。それは動物の本質だ。ライオンでも蟻でも青カビですらしている。
自分と違うものを排除すればいい。
肌が違う、国が違う、宗教が違う。
そして絶望すればいい。
嘆き、苦しみ、逃げればいい。
それが普通の受け入れられない人なのだから。
君は本能や常識で動くな。
君は自分の意思で救うと言ってくれた。
昔脚無しと私を投げつけられたのに、振り払うどころか受け止めて育ててくれた。
瀕死の私を手当してくれた。
瀕死の私を振り回し叩きつけるのも人ならその私を助けたのも人。
皆が君が変わってると言っても、私は変わってる君を愛している。
君は君だ。
受け入れてくれる人を作れ。
皆にわかってもらおうとするな。全てを受け入れようとするな。
わからないものはわからない。
受け入れられるかそうでないかだけだ。
そうすれば人はもっと自由になれる。』
そう言ってヒスイは目を閉じて僕の首で寝始めた。
「ねえ、ヒスイって人…だったの?」
『…もう少し上のね。』
「上?」
『今の人に羽があったんだ。肩甲骨がその名残りだよ。君にもあるだろう?』
「天使?」
『因果応報というのかな。
元々皆んな羽が生えていたんだ。それなのに羽の無い人が生まれた。
羽の無い人は羽を失う代わりに体重と筋力を得た。
羽のある人は羽の無い人を蔑んだ。
自分達にあるものが無い、違うと。
仲のいい人も当然居たけど結局、最終的に戦争になった。
長時間飛ぶ筋力のない私達は筋力で優る人に駆逐された。
神さんも皮肉なもんさ。羽だけでなく手も足も無いヘビにするなんざ。』
ヒスイはケラケラ笑った。
『私達は違うものを、失った者を受け入れようとしなかった。
中にはもっと早くに羽の無い人は一人残らず駆逐しておけばなどという人もいたけど、自分が羽の無い人に生まれたらそうは言わないだろう…結局互いを受け入れられなかった私達は絶滅、人は信用する感情を欠落させるだけの結果に終わった。だからね。』
ヒスイは僕の顔をじっと見た。
『一つのものに囚われないで。
無理に理解しようとしないで、でも拒絶しないで。そうすればきっと…』
携帯電話のメールがピコンと鳴った。
『理解し会える友達ができるようになるから。』
メール[今日はごめん。]
ボクはメールを見て、何のこと?また遊ぼうね。と送ってヒスイを見た。
「ヒスイありがと。元気出た!」
『シャー』
ヒスイは威嚇する様にそう鳴くとスルスルとケージの中に戻って行った。
「おやすみヒスイ。」
そう言ってケージを閉めるとボクは電気を消した。
『ったく、私がいないと何も出来ないんだから…』
天使は静かに窓際に腰掛けた。
君と一緒ならもうしばらくヘビの姿も悪くないかもしれない。
夜空を見上げそう思った。