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勇者の息子には初恋相手がいるそうです

 ドアの隙間から太陽の光が差し込んでくる。ドアを開けると僕の肺に新鮮な空気が送り込まれ目の前の初恋相手アヤをいつも以上に輝かせてくれた。

『腰まで伸びる茶色い髪に可愛らしいクリクリとした大きな目。目に入れても痛くないとはこの事だろうか。通りすがる誰もが目を引くだろうという美貌に加え、わざわざ僕を迎えに来てくれるというちょっとした優しさがとても愛らしい』

 僕はつい顔が緩みにやけてしまった。マリは僕の顔を見ると不思議そうな顔をした。

「おはよう。テルくん……どうしたの?」

 彼女の透き通った声が僕の耳を通過して鼓膜を振動させる。

『テルくん……くん呼びはとても心地がいい。それにあどけなさが加わり最高の音だ。もっと好きになりそうだ』

 僕はつい心の中でガッツポーズをとり叫んでしまった。

「ゴホン……いや失礼何でもない。待たせて悪かったね。それじゃ、行こうか」

 僕が喉を広げ自分が出せる最高のイケヴォでエスコートをしようとするが、彼女が暗い顔をした。

「テルくん。なんか喋り方気持ち悪いよ……」

『ぐはぁ……』

 彼女の気持ち悪いという言葉が僕のスライムメンタルに突き刺さる。

『気持ち悪い……か。しかし、どこか悪そうに言うその姿かなりいい!!別の世界の扉を開いてしまいそうだ!!』

「ごめん。普通の話し方にするよ」

 僕は喉の位置を元に戻し、軽く咳払いをした。

「そっちのほうがテルくんっぽくて私好きだな」

 アヤは嬉しそうに笑う。

『好き!?俺っぽくて好きだと……これは脈ありなのか』

 などと胸を昂ぶらせるが、今まで彼女に告白した事は一回もない。それほど僕は小心者だったのだ。

「冗談はやめろよ」

 僕は右肘で軽く彼女を小突いた。彼女は僕にすら届かないような小さい声を発した。

「冗談じゃないのに……」

『ん?なんかもじもじしているな。もしや!小突かれたことがそんなに嫌だったのか』

 こんなに愛らしい彼女と出会ったのは今から五年前僕がこの村に来てまもない時の事だった。


 僕は不貞腐れ顔でろくに整備もされていない砂利道をあてもなくただただ道なりに沿って歩いていた。少し歩くととても寝心地の良さそうな草原が広がっていた。

 その草原の真ん中に大きな木が一本静かにしかし存在感を撒き散らしながら立っていた。その大木に僕はなぜか魅力的に感じた。

 僕は大木へ近づく。すると大木が歓迎するかのように葉っぱを揺らし音を鳴らす。大木の影がかかるところに腰を下ろすとそのまま寝転んだ。

『風が気持ちいいな。この風が僕の嫌な思い出を連れて行ってくれるそんな気がする』

 心の緊張がほぐれていく気がした。太陽の光が体の一部に当たり丁度よい暖かさを感じる。気持ちよさのあまりそのまま目を閉じた。僕の視界は黒く染まっていく。

 目を開けると先程まで真上辺りにあった太陽は遠くの木に隠れそうになり綺麗で燃えるような赤色に輝いていた。雲がいつもより立体的に見える。

『寝てしまったのか。少し体が軽くなった気さえする』

 僕は勢いよく起き上がると軽く体を伸ばした。

「くぅぅ」

 再び僕はあてもなく歩き始めた。すると水の音が聴こえ始めた。

『水が「こっちへおいで」と誘うかのような気がする。僕も相当病んでいるのかな』

 音を頼りに川へ近づくと一人の少女が動物たちと戯れていた。その光景を僕の目は森の精霊が動物たちと遊んでいるような神秘的なものと認識してしまった。

『とても美しい。彼女を見ていると純粋という光が僕の冷たくなった心を慰めてくれてるみたいだ』

 その光景に僕は少しの間見惚れてしまった。気付くと涙が止まらなくなっていた。

「うっうっ」

 つい声が洩れてしまう。

 僕の泣き声で少女は僕がいる事に気が付いた。彼女は心配そうに近づいてきてくれた。

「迷子なの?あなたの名前は?」

 彼女の汚れ一つない澄み切った声に僕の心は動きを早める。彼女にも心音が聞こえるのではないかというほどうるさくなってくる。僕は彼女を直視する事が出来なかった。

 その動きを何かと勘違いしたのか。彼女はもっと優しい声で話しかけてきてくれた。

「私の名前はアヤっていうの。君の名前は?」

 僕はなんとか塞ぎきった喉を開き音を出す。

「テル。僕の名前はテル」

 僕の名前を聞いた彼女は嬉しそうに笑うと僕の手を引き歩き出した。

 なぜか彼女に手を引かれるとどこまでもついて行きたくなった。そして僕は村に戻ってきた。

 これが彼女と僕が初めてあった日の事だった。彼女を今では普通の人と認識しているがあのときは本当に森の精霊だと思いこんでいた。精霊の里に連れて行かれるんじゃないかと少々胸が高鳴っていた事を思い出す。


「ごめん。強かったかな?」

 僕は彼女の顔をまじまじと眺める。彼女はそっぽを向いた。

「別に痛くなかったけど」

『相当彼女を怒らせてしまったようだ。でも今日から剣術指南があるからそこでかっこいいところを見せれば僕に惚れてくれるはず』

 僕は右手を前へ突出し

「それじゃ、行こう」

 僕とアヤは道場へと歩いて行った。

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