勇者の息子はおばあちゃんに起こされるようです
「早く起きなさい!!」
年を取り、ハリのなくなった低い声が平屋に響いた。しかしその声は、怒っているはいるが、どこか優しさを帯びたなんとも言えない包容力のある魅力的な声だった。
『ん?おばあちゃんの声が聞こえるな。あれ?今何時なんだろう』
僕はゆっくりと目を開いた。カーテンの隙間から差し込んでくる光はとても眩しく、寝起きの体には少々きついぐらいだった。
僕は上に乗っている掛け布団を手で払い、左手で体を支えゆっくりと起き上がる。
「はぁぁー」
僕は両手を上げて大きな欠伸をした。すると体のあちこちがミシミシと音をたてる。そして床に足を置く。木の床は冷たくとても気持ちがよかった。このまま床に倒れ込み、寝転がりたいと思ってしまうぐらいだった。
寝ぼけた脳みそが太陽の光と床の冷たさで覚醒していく。
『あれ?今日なにか予定があった気がするんだよな』
未だ未覚醒の脳みそでなんとか思い出そうとするが中々思い出せない。
『なんだったかなぁ…』
思い出そうと頑張っていると再び平屋におばあちゃんの声が響きわたった。
「アヤちゃんが待ってくれてるわよ。早くご飯食べて準備しなさい!!」
僕は、おばあちゃんの言葉を理解するように頭の中でおばあちゃんの言葉を繰り返した。
『マリちゃんが待ってる。アヤちゃん、アヤ……』
「ちゃん!?」
僕は驚いてしまい、つい言葉を発してしまった。急いでおばあちゃんの元へ向かおうとする。しかし、起きてすぐなので体がうまく走ってくれない。走りだそうとした足が縺れてしまい、床に勢いよくキスをしてしまった。
「イテテッ」
鼻を撫でながら、今度は焦らずゆっくり向かった。廊下を歩いていると朝食が出すいい匂いがし始めた。
『今日はパンなのか』
匂いにつられながら朝食が置かれている席に無意識に座った。
『やっぱり!パンだ。大好物なんだ!!』
僕が食べようと手を伸ばすとパンを取ろうと伸ばした手がおばあちゃんに叩かれる。
「朝食の前に言うことあるでしょ」
そうこの人が僕のおばあちゃんだ。おばあちゃんは歳の割には若々しいが、最近は白髪が増え始め中年太りが始まってしまっている。僕がもっと子供の頃は大の男相手に腕相撲をしても百戦百勝という桁違いの力を持っていたが、歳のせいか負け続けている。いくらこの負け知らずだったおばあちゃんでも歳には勝てないのか。
『いっけね。食べる前に言う事忘れてた。僕の生きる糧になる食材のみんなありがとう。命を分けてくれて』
「頂きま〜す」
僕は口を大きく開け、再びパンめがけて手を伸ばした。しかし、またおばあちゃんによって阻止される。
「なにすんだよ」
俺はそう言いながら、おばあちゃんに目を向ける。一瞬ちびりそうになってしまった。いや、実は少しちびった。それは、おばあちゃんが鬼よりも鬼がかった形相をして睨みつけてきたからだ。
「朝の挨拶も出来ないのか」
おばあちゃんはついに本気で怒ってしまった。
「ごめん。忘れてました」
僕は両手を合わせ頭をこれでもかというほど下げまくる。
「しょうがない。テルはいつもこれだ。今日は許してやる」
おばあちゃんが呆れた顔でパンを渡してきた。
「今日はっていつも許してくれるじゃん」
その言葉がおばあちゃんの怒りの火に油を注いでしまった。
「ごめんなさ〜い」
僕は大声で謝った。
『やっと食べられるぅ〜』
僕は出来たてか分からないがほかほかでふわっふわのパンを口へ運ぶ。
『やっぱりおばあちゃんの作ったパンはパン職人が作ったパンぐらい美味い。実際はパン職人が作ったパンを食べた事はないんだが……。まぁ、いいでしょ!それぐらい上手いってことだよ』
次から次へとパンを口へ運ぶ。食べるというよりかは飲むというスピードに近かった。あっという間にパンを平らげてしまう。
『あーあ、もう無くなっちまったよ』
「ねぇ、おかわりある?」
食欲に耐えきれずおかわりを要求してしまった。
「おかわりしてる時間なんてないよ。マリちゃんが迎えに来てるって言っただろう」
僕は、上へ口を大きく開ける。
「そうだったぁ〜!!」
急いで自分の部屋へ戻り、タンスを開けて服に着替えようとするが、どれを着たらいいか迷ってしまった。
『こっちがいいかな?でもアヤはこっちのほうが好きって言ってくれたし。ん〜〜迷う』
アヤは僕の初恋の相手だ。未だ実らぬ初恋だが、いつか僕が落としてみせる。
右拳を強く握りしめているとおばあちゃんが入ってきた。
「着替えに何分かける気だ。早くしないとマリちゃん先に行っちゃうよ」
『それは困る。初恋の相手と朝からのツーショットそれを逃しては男じゃない』
素早く服を脱ぎ、服を着替える。かかった時間は三秒。僕は、アヤが待つドアの向こうへと走り出す。しかし、先程脱ぎ捨てた服に足が絡まりまた床とキスしてしまった。
ゆっくりとドアへ近づきドアを開ける。