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009

「獅童さん、警察が騒がしいけど、何かあったの?」

 麗月に絞め殺されそうになっていた泰明がやっと復活し、人だかりの方をちらりと見た。泰明と麗月は事件が妙な展開になっていることを知らないのだ。

「塀に埋まってた変死体が消えたんだって。それで大騒ぎしてるの」

 一夏のことが心配な沙良は気の抜けた声で答えた。

 その言葉を聞いた途端、泰明の顔色が変わる。笑顔が消え失せ、目が鋭くなる。感情が抜け落ちる。ここであの、壁に埋まった死体を見たときと同じ表情をしていた。

「日が落ちて活動を再開したときに残りを食らったんだな」

 声のトーンまで落ちていた。泰明はまるで別人になったようだった。

「残りって、夕方にあった壁から生えてた身体半分の変死体のこと?」

 沙良が尋ねるものの、泰明も麗月もそれが聞こえていないかのように塀を睨んでいる。何か考えを巡らせているようだ。それも、あまり望ましくないことを。

「主、これだけ古い家なら、井戸があったかもしれないわね」

「井戸?」

 沙良は声を上げていた。さっきおばさん二人が話していた中に、井戸の話題が何度も出てきていたからだ。

「このお屋敷、井戸があるって言ってたわ。でもそれが壊れたから祟りが起きたんだって、この家のおばあちゃんが言ってたって話なら聞いたけど……」

 泰明と麗月が揃って沙良に目を向ける。けれどどちらの視線も鋭く厳しいもので、沙良は一歩後退った。

「他に何か知ってる?」

「う、うん、色々と。何が起こってるか私にもわかるように説明してくれるなら、話してもいいけど」

 沙良は交換条件を突きつけた。自分が本当に姉の危機を生んだのかどうか、もしそうなら何をしてしまったというのか、そして解決方法を知っているなら聞き出したい。そういう思いから情報交換を切り出したのだ。

「そんなやりとりをしてる場合じゃないと思うけど」

 泰明の鋭い目が沙良に突き刺さる。夕方にここで会ったときと同じ、心臓を鷲掴みにされたような感覚。麗月のものよりもさらに脅威。命そのものを掴まれているかのようだ。

 それでも、一夏の命に関わることかもしれないと聞いた今、その真偽を確かめるまで沙良は退くわけにはいかなかった。歯を食い縛って怯える自分の心を、沙良は抑え付けていた。

「この事件の真相、つまりはこの事態を引き起こした奴の正体が朧気に見えてきてる。でもまだ確証が持てないんだ。だからもし、他にも何か知ってるなら、それを教えてほしい。対処を誤ると大変なことになるかもしれない。ひょっとするとお姉さんにまで危険が及ぶかもしれないから……」

 そう言われては沙良にはもう反論しようがなかった。

「今、何が起こっててどうなってるのか、あとで絶対説明してよ?」

 沙良はそう言い置いてから、おばさんが話していたこと──この家の井戸が壊れて祟られ、ここの子供が行方不明になり、さらにその父親も半身だけになって死んでしまったことを泰明に伝えた。

「その子供は可愛そうだけど、すでにこいつの腹の中だな」

「こいつって何? お腹の中ってことは……食べられたってこと?」

 自分で聞いておいて、沙良はぞっとした。どんな子だったのかもし知っていたら、涙が止まらなかったかもしれない。今でも悲しい気持ちが溢れて、声が震えてしまっていた。

 沙良の問いに、泰明は小さく頷く。そして冷徹な顔のまま屋敷の塀を睨め付けた。鋭い目が余計に細くなったように、沙良には感じられた。

「その子供の父親、壁に張り付いてた死体は食べかすだ」

 夕方に見た変死体の姿を沙良はまた思い出してしまう。何かを訴えようとしつつも果ててしまったようなあの表情。行方不明の子供を捜していたら自分も同じ目に遭って、無念を叫んでいたのかもしれない。そんなことを思って沙良はたまらない気持ちになった。

「こいつらのほとんどが夜行性なんだ。だから、食べてる間に日が昇って途中で食べるのをやめたから、あんな塀に埋まったような死体になったんだ」

 故に壁から生えた半身は食べかす、ということだ。

「だ、だからっ、こいつらって何!?」

 泰明が言っているのはさっき沙良を襲おうとした壁の大蛇のことだろうが、沙良にはその正体が化け物であるという以外にまるで見当がつかなかった。

「この塀がいつできたものか、そんな話は聞いてない?」

 泰明はまた沙良の問いをかわして尋ねた。

「ちょっとは私の質問にも答えてよっ」

「この塀ができたのって、いつの間にか、知らない間に、工事をした様子もなく、とか言ってなかった?」

「え!? そっ、そうそう、なんでわかるの!?」

 沙良は目を丸くする。まるで自分の記憶を覗かれたみたいだ。

蟒蛇うわばみだな」

 泰明から聞き慣れない単語が漏れた。麗月が黙ってそれに頷いている。

「うわばみって?」

 沙良が尋ねてもやはり返事はない。泰明の表情の変化が、返事の代わりだった。近くで見ていないとまず見逃していただろうが、感情をなくした顔がほんの少しだけしかめられたように沙良には見えた。

「ほんとにお姉さんも危ない」

 泰明の一言で、沙良の身体が凍り付く。

「この蟒蛇は極度の人間嫌いで知られてるんだ。特に人に姿を見られるのを極端に嫌う。だからその姿を見た者も、それからその者の一族まで全員を食い殺す性質がある」

「一族、全員……?」

「ここの家の、おそらくは子供が最初に蟒蛇を目撃したんだ。そして次に、父親である主人が犠牲になってる」

「てことは、私はその、うわばみの姿を見てるから……」

「もたもたしてるとお姉さんも食われる」

 沙良は完全に言葉を失って固まった。泰明の話が本当ならば、自分だけでなく一夏にも危機が降りかかるのだ。沙良は、この屋敷の親子の死には関連性がなく偶然であると思いたかった。偶然でないならば、泰明がただ質の悪い嘘をついて沙良を弄んでいると思いたかった。

 しかし沙良は、夕方と今さっき、二度にわたって蟒蛇を目撃している。その事実が、泰明が語ることを何よりも証明していた。

 一夏が襲われる。

「私、なんてこと……っ。私のせいで、お姉ちゃんが……」

 沙良は震えが止まらなかった。歯を噛み締めて堪えようとするのに、カチカチと鳴ってしまう。身体までガタガタと小刻みに揺れる。自分が招いた厄災なのに姉の命まで危うい状況を作ってしまった軽率さが悔しい、つらい、苦しい。

 沙良の目尻に涙が浮かんだとき、不意に大きな悲鳴が上がった。警察が集まっている辺りからだ。

どうも、Mt.バードです。

なんとか金曜まで更新できました。

ここまで読んでくださり、本当に感謝です。

評価をくださいますと、床の上で無駄にゴロゴロ回転しながら幸せを噛み締めます。

よろしくお願いいたします。

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