006
沙良が現場に戻ってきたときには、辺りはもう完全に日が落ちていた。
「まだやってる。お姉ちゃんもいるかな」
あの変死体があった場所では警察が煌々と明かりを灯し、ブルーシートの中で作業をしている。照明の中には沙良の姉、一夏の姿もあった。
けれどどこか様子がおかしい。一夏を含めた私服警官達が怒号を上げながら走り回っている。
「見つかったか?」
「いいえどこにも」
「くそ! ここにいた連中は何を見てやがったんだ! どうします、獅童警部補」
「もう一度、今度は少し範囲を広げて捜索しましょう。残りの班にはこの屋敷周辺の封鎖の指示を」
「マスコミや野次馬が大勢います。封鎖には時間がかかるかと」
「なるべく急がせてください。では皆さん、お願いします」
一夏の声の元、二人一組に分かれた刑事達が散っていく。何かを探しているのか、ものすごく慌てているのが沙良にも伝わってきた。
一夏が小走りに立ち入り禁止のロープから外へ出る。そこは丁度沙良がいる場所だった。
「お姉ちゃん!」
「沙良!? またお前! 帰れって言っただろ!?」
一夏は沙良を見るなり怒鳴りつける。頬を撫でる長い髪を乱暴に振り払った。一夏がイライラしているときの仕草だ。
「どうしたのお姉ちゃん、なんかあった?」
沙良の言葉に一夏が舌打ちをした。
「死体が消えちまった」
一夏はそれだけを言い残して走り去っていった。
「……死体が、消えた?」
死体というのは、あの塀に埋まった男性の死体のことか。それが消えたと言っているのだろうか。
刑事達が話していたことから察すると、警察のスタッフが作業をしていたその横で忽然と消えた、ということになる。
誰かが見ている前で死体がなくなるなんて、そんなことがあるのだろうか。塀に埋まっている死体というだけでも相当不思議なことなのに。
「でも、これ、チャンスかも」
こんな難解な事件なら、解決はできなくとも一夏の役に立てれば父親の説得もかなり楽になるかもしれない。沙良は俄然やる気になっていた。
「ねえねえ奥さん、マスコミの人達がみんな言ってて大慌てしてるけど、死体がなくなっちゃったってほんとなの?」
「そうらしいわよ。警察の人達、死体を見つけるのに必死だって話だし」
沙良の隣にいた近くのおばさんのところへ、噂を聞きつけたらしいもう一人の年配の主婦がやってきた。
「やあねぇ、この家のおばあちゃんが祟りが起こるって言ってたのがほんとになっちゃったみたい」
「あら、あのおばあちゃんそんなこと言ってたの?」
「そうなのよぉ。このお家、井戸がまだ残ってるでしょ? それが壊されちゃったときにね、おばあちゃんが、井戸が壊れたからこの家族全員が祟りで死ぬんだって、言ってたのよぉ」
井戸が壊れて祟りかぁ、なるほどなるほど。と、二人のおばさんの話を沙良は真剣に聞いていた。一夏も含め警察はすでにこういった類の話は聞き込みで耳にしているだろうが、こういう何気ない噂話にも、事件解決の重要な手がかりが潜んでいることもあるのだ、と沙良は思っている。
「ここのおばあちゃんて、まだボケてないものねぇ?」
「そうよ、まだまだ元気よぉ。あのおばあちゃんが祟りが起きるって言ってからすぐ、ここのお子さんが行方不明になっちゃったでしょう?」
「そうだったわねぇ。まだちっちゃいのに可愛そうに」
「子供が行方不明?」
沙良は思わず呟いていた。
「昨日もご主人がお子さんを捜しに出かけて、明け方には戻ってきてたらしいのよ」
「ご主人が?」
「ええ、朝早く散歩してた人が帰ってくるのを見かけたんですって。マスコミの人達が言ってたわ」
朝早く散歩してた人、という言葉を聞いて、沙良はピクリと反応して目を見開いた。そういえば夕方にここに来たとき、あの変死体を見たおばさんが泣きながら言っていた。散歩をしているとき、ご主人が帰ってくるのを見た、と。
そのとき──つまり明け方にはまだ、ここの主人は生きていたのだ。なのに、それから誰にも見られることもなく殺され、塀に埋め込まれた。まるで手品みたいに。
「お子さんの次はご主人の遺体が行方不明なんて、ほんと、祟り以外に考えられないわねぇ」
「でしょ? この立派な塀も、その祟りから身を守るために作りかえたって話だったのにねぇ」
「そういえばこの塀、前は竹垣だったものね。でもいつ工事したのかしら?」
「それが私も知らないの。気が付けば塀に変わってたって感じよぉ。今はなんでも作るのが早いわねぇ」
二人のおばさんの会話はなんでもない噂話に発展していく。
それをよそに沙良はじっと屋敷の塀を見ていた。
どうも、Mt.バードです。
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